平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「どうかしましたか?」

晃さんは眉根を寄せ目を細め、わたしの頭のてっぺんからつま先まで視線を動かす。

「え、やっぱりおかしいですか!?」

この服を買った二年前でも自分には甘すぎると思って、結局一度も着ていなかったんだよね。さらに年を取ったら、なおさらかも。
でも着替えに戻る時間もないし。

と、彼はゆっくり離した手をひげ剃り前の顎に添えて、寝癖がついたままの頭を傾けた。

「いや。そんなことは……。なんか、いつもと雰囲気が違うから」

でも、と眼鏡の奥の瞳に柔らかな色を浮かべて手を伸ばしてくる。ポン、と大きな手のひらが頭の上に載せられた。

「こういう格好もかわいいね。ちゃんと女の子だ」

その手がすぅっと髪を滑りながら下りてきて、バタバタと慌てたせいで頬に貼り付いていた髪を後ろに流してくれる。

「あ、あの……」

子ども扱いされたのか、はたまた女子として認めてもらったのか。どっちつかずの反応に戸惑う。

「ああ、足止めしてしちゃってごめん。いってらっしゃい、気をつけて」

口角を緩やかに引き上げ、片手を振って送り出してくれる。

「お、お弁当、ありがとうございます。いってきます!」

いつものように駅に向かって急ぐ。お弁当袋の中でお箸がカタカタと鳴っている。
その音に合わせるように高速で脈打つ心臓。

いつもと変わらない挨拶のやり取りをするだけだったはずのに、いつもとはほんの少しだけ違う朝。
わたしの中でなにかがぷくりと浮かぶ音がした。

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