平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
 ◇ ◇ ◇

初めてお弁当を受け取った日の朝は、まさか本当に作ってくれるなんて思わなかったから、いつもの時間に家を出てしまった。
そのおかげで、受け取るだけでちゃんと挨拶もできなかったのだ。

だから最近は少し余裕を持って目覚ましをかけている。けれど今朝はそれでも慌ただしくなってしまった。

今夜の歓迎会は、我が社の後継者である脩人くんのお披露目も兼ねている。だからウチの社員の他にも懇意にしている取引先の人も何人か来るらしい。さすがに、どうせ制服があるからといつもの楽ちん通勤スタイルではマズいだろう。

朝からクローゼットの中を引っかき回し、少ない手持ちの中からキレイ目の服を物色していたら、あっという間にいつもの出勤時刻が迫っていた。

袖口にあしらわれた同色のレースが可愛くて買ったけど、タンスの肥やしになっていたオリーブグリーンの七分袖ワンピース。上にカーディガンを羽織れば、通勤に着ても浮かないはず。
よし、これならローウエストだから、お腹いっぱい食べても大丈夫。

いつもよりちょっとだけヒールが高めのパンプスを履いて家を出た。

「おはよう」
「おはようございます。ごめんなさい、遅くなりました」

エレベーターを降りたエントランスにはすでに晃さんが待っていた。彼は寄りかかっていた壁から背中を剥がし近寄ってくる。

「ありがとうございます。朝早くからで申し訳ないです」

直角に腰を曲げてお礼を言う。いくら彼もこのマンションの住人だったからといって、毎朝のお弁当作りなんて面倒ではないのだろうか。

「気にしないで。朝に仕込まなきゃいけないものもあるから、どのみち店まで降りてくるし。中身も店の残り物がほとんどだから」

そう言いつつも少し眠そうな目で「はい」とお弁当の袋を持つ手を差し出された。
ありがたい気持ちで恭しく底を両手で持って受け取ろうとして。
ん? 晃さんの手が袋から離れない。

< 20 / 80 >

この作品をシェア

pagetop