平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「やっぱりな。だと思った」

晃さんがもう一つのグラスと一升瓶を持ってテーブルの向かいに座る。
日本酒だぁ。意外というか、らしいというか。

「呑める? 大丈夫なら少し付き合ってよ。独りで呑んでもおもしろくないから」
「……ごちそうになります」

そうだよね。お腹に赤ちゃんがいる希さんの目の前で、晩酌なんてしにくいのかも。
グラスを両手で差し出すと、重そうな瓶を軽々と傾けて透明の液体を注いでくれた。晃さんは自分の分も注ぐと軽くグラスを掲げる。

「お疲れさま」
「お疲れさまでした」

わたしはちびりと口を付けた。実はこれが日本酒初体験なのだ。
最初につん、と鼻につくアルコール。だけど、あれ? 思ったより呑みやすいよ。これって辛口っていうものなのかな。

「美味しいかも。サバ味噌に合いますね」
「でしょ? 俺のとっておき」

嬉しそうに目尻を下げる晃さんは、もう二杯目を注いでいる。もしかしてお酒に強い?
冷蔵庫から持ってきた漬け物をおつまみに、けっこう速いペースで呑んでいく。

それにつられてわたしも、二杯三杯と杯を重ねる。すでに宴会で下地ができあがっていたせいで、あっという間に自覚できる程度の酔っ払いになっていた。

「でねっ。悔しいと思うってことは、向上心があるってことだと思うんですよ。思ったより根性があるみたいです、あのおぼっちゃま」

くだを巻きながら今夜の宴会の話をするわたしに、晃さんは静かにグラスを傾けながら付き合ってくれる。

思い返してみれば、普段でもカウンターの向こう側へわたしが一方的にしゃべり倒していたと気づく。
晃さんは調理中だということもあるのか、聴く側に徹していて、自分のことはほとんど語らない。
けれど決して聞き流しているのではないのは、絶妙のタイミングで打ってくれる相槌からわかっていた。

「わたしたちみたいな事務方って、あんまり評価されないじゃないですかぁ。だから4つも下の子にでも、自分のした仕事を褒められれば嬉しいんですよ。脩人くんにしたら、オバさんのごきげんを取っただけかも知れないんですけどね」
「礼ちゃんがオバさんだったら、オレなんかおじいさんだね」
「えぇ!? そんなことないですよ。って、いくつなんですか? 晃さん」

いまさらながらに、そんなことも聞いていなかったと酔った頭で反省する。どんだけおしゃべりなんだ、自分。
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