平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「なんですかそれ、おばあちゃんの知恵袋的なヤツ?」

突然背後から降ってきた声に、ふたりで振り返る。

「脩人くん! いつからいたのっ!?」
「『おぼっちゃまくん』あたりかな? ふたりとも注意力散漫ですよ。業務には支障をきたさないようにお願いします」

形の良い顎を気持ち持ち上げて言うとサッと手を伸ばして、わたしのお弁当から玉子焼きを奪い去った。

「ちょっ――!」

咎める間もなく、黄色の玉子焼きは彼の口の中へと消え去った。

「いままでオレが見てたお弁当って、あの人が作ってたんですね」

これまでになく冷ややかな視線を向けられ、身が縮む思いをする。なんだか急に貫禄がついたんじゃないの?

「ごめんね。土曜日のお弁当、あんまり美味しくなかったでしょう?」

わたしの料理の腕では並の並もいいところ。言っていた通り残さず全部食べてくれたけど、期待していた味ではなかったはず。

「別に。普通に食えました」

微妙な評価に、反応を迷って苦笑を浮かべるしかない。

「この間は黙ってたんですけど」
「けど、なんでしょう?」

まさか痛烈な批判がくるのかと身構えると、脩人くんは玉子焼きを摘まんだ指をペロリと舐めて、顔をしかめた。

「実はオレ、玉子焼きはしょっぱい派なんです」
「はい?」
「だから、この前の件は取り消します。ご迷惑をおかけしました」
「――迷惑なんて、してないよ。本当に」

声を詰まらせながら絞り出した私の言葉に、「ありがとうございます」と小さく笑みを浮かべ、深く頭を下げてから立ち去ろうとする彼を、吉井さんが呼び止めた。

「青年! おでんはおかずになる?」

脩人くんは怪訝に眉を寄せながらも、先輩の問いに律儀に返す。

「なに言ってるんですか。あれは、おやつか酒のつまみです」
「あら、奇遇。私もそうなの。行きつけの美味しいおでん屋があるんだけど、今度行かない?」
「……おごりですか?」

警戒心も顕わに脩人くんが探りを入れると、吉井さんは大げさにため息を吐いてみせる。

「社長の息子のくせにケチ臭いのね。ま、優しいおねえさんが今回だけはごちそうしてあげてもいいわよ」
「それならお付き合いしてあげてもいいですよ。独り酒は美味しくないでしょうから」
「なんですって?」

キッと眦を上げた吉井さんに、余裕の笑顔で応えて脩人くんは休憩室を出て行った。
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