平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
「ふんっ。少しは大人になったと思えば、やっぱり生意気だわ」

ぷりぷりと怒りながら、スマホでスケジュールをチェックしている。それでも誘いは取り消さないらしい。

「吉井さんも、甘い玉子焼きは嫌いですか?」

そんな考えの人がいるなんて、という衝撃がまだ抜けない。ちなみに、わたしはおでんをおかずにご飯を美味しく食べられる派だ。

「んー、嫌いってほどじゃないけど。ウチの玉子焼きはいつもしょっぱかったな」

画面から目を離さずに答えられ、またカルチャーショックに襲われる。

自分が普通だと思っていたことが、他の人からすれば普通じゃない。そんな当たり前のことを忘れて、わたしは平凡を嘆いていただけだった。

でもちょっと意識を改めるだけで、単調な毎日はいつでも、自分がヒロインの物語に変えることができるのだと知った。

たとえ愛を囁く場所が夜景の綺麗なのバーでなくて、定食屋のカウンターでも。傾けるお酒が色鮮やかでおしゃれなカクテルではなく、透き通るカップ酒でも。
大好きな人と綴るストーリーなら、すべての要素が最高の舞台装置に変わる。

そこへ、トキメキとか甘さとか、ときには苦味や切なさといった恋のスパイスを効かせれば、世界に一つだけのオリジナルラブストーリーが誕生するのだ。

わたしは玉子焼き一切れ分の隙間があるお弁当に箸を付けた。すっかり舌が覚えてしまった晃さんの味なんだけど。どうしよう。

「吉井さん」
「ん?」
「なんで、今日のお弁当はこんなに美味しいんでしょう?」

真面目に聞いたわたしに、スマホから上げた彼女の顔が一瞬ぽかんとなって、すぐに艶然と微笑んだ。

「それは礼子ちゃん、当たり前じゃない。作るほうも食べるほうも、これでもかってほどの『恋心』っていう調味料をぶち込んでいるんだから」

なるほど。さしずめ『恋は万能調味料』ってところですね! って、

「吉井さん、耳まで真っ赤ですよ?」
「うるさいっ! ほっといて」

どうやら自分の発言に照れているらしい彼女の元にも、近いうちに万能調味料が届くかもしれない。

そんな予感を覚えながら、甘い甘い玉子焼きを頬張った。



 ―― 完 ――


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