シャンパントリュフはキスの魔法
シャンパントリュフはキスの魔法
「ごめん。今年は誰からもチョコレートを受け取らないことにしたんだ」

 廊下の曲がり角の向こうから土井(どい)主任の声が聞こえてきた。私はあわてて手提げバッグを背中に隠す。

「わかりました……。すみません。これからも今まで通りで……お願いします」

 弱々しい女性の声が聞こえてきて、私はとっさに自動販売機コーナーに飛び込んだ。小走りの足音が聞こえなくなり、ふーっと肩の力を抜く。

 あの声、受付の青島さんかな。二十四歳、私と同い年。誰にでも分け隔てなくにこやかな笑顔を向けるかわいらしい人。青島さんからのチョコレートを、主任、断っちゃったんだ。

 今年は誰からも受け取らないことにしたって……本命の人ができたってことなのかな。

「はぁ」

 ため息をついて、手提げバッグの中を覗き込んだ。大人っぽいダークブラウンの包装紙に細いホワイトのリボンが掛けられた、お洒落な小箱。中身はベルギー王室御用達チョコレートメーカーのシャンパントリュフ。

 先週、地域開発プロジェクトが無事終わった後、主任が『サブリーダーとしてがんばったご褒美だ』とイタリアンレストランに連れて行ってくれた。あのとき、お酒はなんでも好きだって言ってたから、シャンパントリュフを選んだんだけど……。青島さんのさえ受け取らないのに、私からのチョコなんて食べてもらえるはずないよね。
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