俺様オヤジの恩返し
俺様オヤジがやって来た
「西藤 将吾です。よろしく。
初心者が多いクラスの様だけど、
ハノン、バイエル、ツェルニー……50番以上は三人か。
リスト、ドビュッシーは一人ね?はいはい……」


「初めまして。橘 理恵子です。よろしくお願いします。
その教則本で進める子が多いですが、メトードローズやラジリティを使ってブルグミュラーの子もいます。
特にこれ、と拘っていませんから、一冊終えたら次は西藤先生のお考えで進めてください」

「一応、昔ながらを守って基本に忠実な姿勢、ではあるんだな?
50手前でマシンを操る前衛的な女はピアノをどう教えてるのか、後を引き継ぐのが面倒なのかと思っていたけど……。
なんとかなりそうだ」


失礼だ。この人ずいぶん偉そうだ。

まぁ、コンクールに何人も出場させて、入賞者も出すような人だしね、
指導の腕も演奏の腕も素晴らしいのでしょうけどね、
初対面の、おばさんだけど一応女性に対する態度にしては、
ちょっと、なってないんじゃない?


「ピアノは初心者しか教えられないんです。
初めに基本をしっかりっていう常識くらいは持ち合わせているつもりですが…。
このクラスは幼児から高校生までいますが、小学生がほとんどです。
その、リスト、ドビュッシーの子は、ピアノ科志望ではなくて趣味で続けたいそうです。その子が最年長になります」


「……楽しんで通わせろ、厳しくするな、ということか?」


「いえ、私は他の先生の指導の仕方を指図するつもりはありません。
西藤先生のやり方でやっていただければ」


「前の先生の方がよかったとか言って脱落する子を受け入れる準備は?」


「事務の方から少し聞いています。いつでも一人からでもお受けしますので…」


「あんた、甘そうだもんな……。
まぁ、いい。俺は俺のやり方でやるから。
尻拭いしてよね、お姉さま」


うげっ!何?この男、性格悪くない?
夜のお客さんにもこんな人居ないわ。

先日の心配は取り消しだよ!
保護者の方々に弾劾されてしまえ!

私が気に入らないだけならいいのよ?
でもね、生徒さん達にはちゃんと接してよね。
とんだ俺様オヤジだわこの四十路男!


「あぁ…それから、俺は生徒にイタズラする様なロリコンの変態じゃないからな?
どっちかっていうと、年上の熟女がいいな、今度お相手願えませんかねぇ」


げげげっ!あの会話、聞かれてた?


「ど、どこかで何かを立ち聞きなさっていた様ですが、
あれはどちらかというと、西藤先生を批難したものではなくてですね、
心情的には保護者側を揶揄したと言うか、

講師の男女差別に憤りを感じた結果の冗談にすぎないのですが……」


「あーいいからいいから、今度晩飯でも一緒に行ってくれれば忘れてやってもいいぞ?」


ちゃっかりご飯に誘うとか…。
久し振りで嬉しい……いやいや、そんな風に思っちゃいけない、
なんなの?この俺様オヤジめ。


「……ご飯は自分で作って食べますので間に合ってます。
ですから別に忘れていただかなくても結構です。
大変失礼致しました」


「ぶっ、はは!なんだか面白い女だな」


からかわれて遊ばれてる?

こういう男は今まで私の周りには居なかったな……。
俺様な男に翻弄されそうな予感……っていやいや、何を考えてるの!

こんなのと、これから同じ職場なの?
どうか、レッスン枠がずれて、顔をあわせる機会があまりありませんように……。




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