時涙ー携帯が繋ぐ奇跡ー
私を送信致します
「あ…れ?半兵衛?半兵衛!?」
朝、目を覚ますと、隣に居るはずの半兵衛が居なくなっている事に気付いた。
あの後、結局もとの時代に戻る方法が分からなかったので、私の家で一緒に生活すると言う流れになったはずなのだが、姿が見当たらない。
まさか、一人で外にでも行ったのか…。心配になった私は、一先ず半兵衛に連絡しようと、携帯を手に取る。
すると、画面に「着信あり」の文字が表示されていた。
相手は…、半兵衛のようだ。直ぐさま折り返しの電話を入れると、意外とすぐに半兵衛が出た。

「もしもし?茜?」
「半兵衛!今どこ?」
昨日のことから半兵衛がしっかりしていると言うことは分かっていたが、やはり急に居なくなられると心配になる。

「目が覚めたら、もとの時代に居ました。なんか一日が限界みたいです、未来に留まるの。」
受話器の向こう側の半兵衛は、落ち着いた様子で私にそう告げる。
どうやら、半兵衛がここに居る時間には制限があったらしい。
「あと、これは僕の推測なんですが…」
そう言って半兵衛は説明を始めた。
もとの時代に戻ってから、自分が未来へタイムスリップした原因について色々考えたらしい。
そして、考えた結果「赤外線」と言う機能のせいだと、おおよその見当はついた、と。
半兵衛曰く、未来に来る直前は、携帯の機能を覚えておこうと色々試していたらしい。そしたら、たまたま赤外線"送信"の機能を起動してしまい、気が付いたら未来にいた。との事だった。
「それで思ったんですが、もしかして茜は"受信"の方を起動してたりしませんでしたか?」
そこまで聞いてハッとした。確かに私も、半兵衛が来る直前に赤外線"受信"を起動していた。

「うん、してたけど…。」
だけど、赤外線にそんな力があるとは思えない。
単なる偶然じゃないのか…。
「じゃあ、きっとそれですよ。それで僕は未来に行っちゃったんだと思う。」
「えー…、そうかなぁ。」
天才軍師様の言うことと言えども、さすがに信憑性が無さ過ぎる。
だって、それって絶対おかしい。
「僕だって信じられないけど、それしか原因思い当たらないのです。」
何だかんだで半兵衛も半信半疑のようだ。
その時、私の中で簡単に、この説が本当かどうかを確かめる方法が浮かんだ。
だったら、もう一度やってみれば良い。

「半兵衛、もう一回試してみよう!今度は私がそっちに行くから。」
「駄目です。こっちは戦とかもあって危ないし…、茜が怪我するかもしれないですよ?」
私が意気揚々と告げると、呆れた様子でダメ出しをされてしまった。
だけど、半兵衛の時代に行ってみたい。どう言う感じなのか興味、と言うのも勿論あるけれど、何よりも半兵衛本人に会いたい。

駄目だと言う半兵衛に何度もお願いして、何とか「来ても良い」と言うことになった。
そうとなると、私の行動は早いもので、親に「友達の家に泊まりに行ってくる。」と告げると、すぐに色々用意した。

「もしもし、半兵衛?準備万端だよ!」
「は、早っいですね…。…じゃあやりますよ?」
半兵衛がそう言ったのを合図に、電話を切って赤外線送信を起動する。

すると、一瞬のうちに辺りが暗くなっていた。これでは、右も左も分からない。
聞こえるのは、微かに秒針の音だけだ。
どうしたら半兵衛のところへ行ける?そう思案していた時、突然額に激痛が走った。
辺りがパッと明るくなる。目の前に居たのは半兵衛だった。
「いった~…っ、やっぱり赤外線機能ってやつのせいだね…。」
手で額を摩りながら冷静にそんなことを分析している。
先程の額の痛みは、二人が衝突した時の痛みのようだ。

「す、凄い!本当に半兵衛の時代に来れちゃったよ!」
「確かに凄いですね。でも、はしゃぐ前に茜の服を何とかしないと…。」
周りをキョロキョロと見回しながら感動を露にする私を落ち着かせるように半兵衛が言う。
確かに、私の服を何とかしなければ…。
この時代にこんな服を着ていて、それを見られたら大変なことになる。
「あ、そうだ!僕が稲葉山城を奪った時に使った着物、貸してあげます。」
どうしようかと、あれこれ悩んでいた時、そう言って半兵衛がもそもそと探し始めた。
暫くすると、見付かったらしく、その着物を私の前へ置く。
綺麗に畳んである可愛らしい着物だった。

「か、可愛い!けど、これ女物だよね?」
「うむ。ほら、龍興様は女好きなので。」
ここまで聞くと、なぜ半兵衛がこんなに可愛い着物を持っていたのか、何となく分かる。
多分、女装をして城を奪ったんだろう。
その時の半兵衛を想像しても得に違和感はない。
だって半兵衛、女顔だし…女顔だし…女顔だし。寧ろ似合っていたかもしれない。

「くだらない事考えてないで、早く着替えてくださいね?僕、部屋の外に居るから。」
そんな私の考えをお見通しだとでも言うように、部屋の襖を開けて出ていきながら言う。
私は、半兵衛が部屋を後にしたのを確認すると、早速渡された着物へと着替える。
着物なんて滅多に着たことが無いから妙にワクワクする。
着物を羽織って、帯を巻こう。
帯を…、帯を……。
帯を手に取って、ハッと重要な事に気付いた。

私は着付けが出来ない。
着物を来たのなんて、七五三の時が最後なのだ。しかも着付けは親がやってくれた。
自分でやった事も無いのに、着付けなんて出来るはずがない…。散々悩んだ結果、このままの状態でずっと居るわけにもいかないと言うことで、部屋の外に居る半兵衛を呼ぶことにした。
勿論、着物でちゃんと前を被った状態で。
「半兵衛ー、いるー?よね?居ないと困るよー。」
「何です?終わりましたか?って、どうしました!?」
てっきり私が着替え終わったのかと部屋に入ってきた半兵衛は、まだ帯も巻いていない私を見て、少しうろたえている様だった。
けど、今頼れるのは半兵衛しか居ない。
「き、着付けが出来ない…。」
真面目な顔で言うのも何だか気恥ずかしかったので、あはは…、と渇いた笑いを零しながら言うと、呆れ顔の半兵衛が口を開いた。

「それで…僕に着付けをして欲しいと。」
「うん。」
「僕、男だけど?」
「…うん、でも半兵衛しか頼れないから。」

「宜しくお願いします。」と付け加えると、「しょうがないですね。」と言いながら私の近くへと歩み寄る半兵衛。
それにしても、半兵衛に着付けをしてもらうなんて何だか緊張する。

「じゃあ、取り敢えず立ってください。」
半兵衛の指示に従い素直に立ち上がる。
すると、半兵衛の細くて綺麗な、けど私のより逞しい腕が腰へと回される。
(うわ、何か緊張し過ぎて色々ヤバイかも…。)

「うぅ…」
「何です?」
「ななな、何でもない…。」
「ふふ、噛みすぎです。」
あまりの緊張に変な声を出してしまった。そしてそれを聞いた半兵衛が、私の背後で笑っているのが分かる。
そんな会話をした後、数分も経たない内に私の着付けは終わった。
半兵衛は手際が良い。

「あれ?茜の顔赤くないですか?」
「あ、暑いだけ。大丈夫、大丈夫。」
着付けの後、そう言って私の顔を見てくる半兵衛をごまかそうと大袈裟に手で扇いでみせる。
そんな私の演技を、嘘だと全て知っているかのように小さく笑うと、「じゃあ、城下にでも行きましょうか。」なんて言って部屋の襖を開けた。

すると、たまたまだろうか…。部屋の外に何だか恐そうな人が立っていたのは。
「ひっ……」
「あ、官兵衛殿。」
「半兵衛殿、もう準備は整っておられるのか?」
官兵衛…?確かこの人も半兵衛と同じ軍師の方だったはずだ。
威風堂々としている、半兵衛とは全く違うオーラを醸し出している。

「うむ。でもその前に…城下町に行こうかなぁと、いいですよね?官兵衛殿。」
「時間はある。なるべく早めにな。」
そこまで言った時、官兵衛さんが私を一瞥して口を閉じた。
きっと、見たことの無い私を誰だろうかと思案しているのだろう。
その視線に気付いた半兵衛が私より先に口を開いた。
「あ、この子は…俺の妹です」
「いもっ…!」
「半兵衛殿に妹がいたとは初耳だな。…芋?」
まさか半兵衛の妹設定にされるとは思いもしなかったため、素っ頓狂な声が出てしまった。
変な声が出てしまったのは本日二度目だ。
そんな私の声を真面目に受け取ってしまった官兵衛さんが、怪訝そうにこちらを見ている。
これは…、何か言わなければいけないのだろうか…。
「……芋が好きなんです。」
「……。」
「と、取り敢えずすぐに帰るので。じゃあ、官兵衛殿!」
何か言った方がいいかと、それなりに焦った私が発した言葉を聞いて、官兵衛さんは無表情で何も反応しなかった。
これはこれで結構堪える。そんな微妙な空気を察知した半兵衛が私の手を引いて外へと向かう。
城の外は、現代の高層ビルや自動車が沢山走っている景色とは対象的に、周りには野山、地には綺麗な花が咲いている緑豊かな景色だった。
空気も澄んでいて美味しい。

「茜、さっきの傑作ですよ~。初対面なのに芋好き主張する人なんて初めて見ました。」
「ち、違う!あれは、焦っちゃっただけで!」
私の手を引きながら笑って言う半兵衛に言い訳しながら城下町へと向かう。

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