時涙ー携帯が繋ぐ奇跡ー
君を受信致します
「先生、体調が悪いので早退します。さようなら。」
職員室の扉を少しだけ開けて担任にそう告げた。
普段早退なんてしない私が早退すると聞き、担任は驚いたように目を瞬かせていたが、今日私が早退するのにはどうしようもない理由がある。

「茜ー、遅いのですよ。見付かるとこでした…。」
「ちょ、まだ出てこないでよ!半兵衛!」
今まで電話でしか繋がりのなかった"竹中半兵衛"本人が、現在ここにいる。

事の発端は約30分前。
私は学校で、休み時間にいつも通り友人と話しをしていた。
キャラクターの画像の事とかの何の他愛もない話しだった。
「ねぇ、茜、この画像可愛くない?」
「あ、可愛い!いいなぁ。」
ふと友人が見せたクマのキャラクター画像。ふわふわした雰囲気でとても可愛らしい。
「じゃあ、赤外線で送ってあげる。」
「本当?ありがとー。」

そう言って赤外線受信を起動し、お互いの携帯を近付けようとした時だった。

「うわ…っ!」「きゃあ!」
もの凄い勢いで誰かが私に衝突してきた。
一瞬、ふざけていた男子がぶつかってきたのかと思ったが、そうじゃないと言うことにすぐに気付いた。
見上げた先には美少年。見覚えのある銀髪に着物、そして鎧。
「は…はは、半兵衛!?」
「え、茜!?何で…?」
頭の中は既に混乱状態だった。
電話でしか話したことのない相手が今、目の前にいる。
しかも、この時代にはいるはずのない人で、歴史上の偉人で。
一体、どうやってここへ!?

そんなことに思考を巡らせていると、ふと周囲の視線に気が付く。
皆不思議そうにこちらを見ている。
まぁ、クラスメイトが着物を着て鎧を着用した人と普通に会話をしていれば見るだろう。
当然、私の目の前の友人も例外ではなかった。

「え…?な、に…その人…。まさか…」
普通なら、過去から来た偉人だとは夢にも思うまい。
そう確信していても、続く友人の言葉に固唾を飲んだ。

「まさか…茜の彼氏?」
「は?」
身構えていただけあって、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
彼氏?着物を着て鎧を身につけている武人を見て…彼氏。
言い当てられるよりは全然良いが、これはこれで問題だと思う。

「違うの?じゃあ…歌舞伎の人!それか…時代劇の役者さん!」
私の反応を見て、どうやら違うと言うことに気付いたらしく、言い当てようと奮闘する友人。
残念ながら全てハズレなのだが。

そんなこんなしている内に、周りが騒々しくなってきた。
このまま此処に居たら半兵衛にも良くない。そう思った私は、友人の話しを華麗にスルーして、半兵衛の手を引っ張りながら教室を後にした。そして、半兵衛を隠してから職員室に向かい、現在に至る…と言うわけだ。

「取り敢えず、見付からないように帰ろう。」
これ以上、鎧を着た武士が学校内を徘徊している。なんて大騒ぎになってほしくない。
幸い、今は授業中のため、人目に付かずに学校を脱出することが出来た。
だが、私の家までの道中、人目に付かないようにするなんて無茶な話しだ。
だからと言って、服を買えるだけのお金は持ち合わせていない。

「別に、僕の服装は気にしないでいいと思います…。確かにこの時代じゃ不自然なんでしょうけど。」
私が何やら考え事をしている事に気付いたのか、隣で道行く人達を目で追いながら半兵衛が言う。
自分の服装が浮いていると言うことに本人も気付いているらしい。

それにしても、半兵衛はドラマや漫画で未来にタイムスリップしてきた人達みたいに驚いたりしないで落ち着いている。
本来なら、「なんだ!?箱の中に人が居るではないか!助けなければ!」とか…テレビを見て騒いだりするものではないのか…。
何だか、つまらない…。
そんなことを思っていた時、隣を歩いていた半兵衛が、ふと歩みを止めた。
数歩間違えて進んでしまってから、私も歩みを止める。

「どうしたの?」
「いや…、人があんなに薄っぺらい物の中に入るのかなと…。むむむ…」
そう言って半兵衛が指差す先にあったのは液晶テレビ。
それを茫然と見つめている。

やはり前言撤回。程度の差こそあれ、取り敢えずは驚いているようだ。
さすが天才軍師、周りに迷惑となるような驚き方はしないらしい。
これはこれで面白い…のかもしれない。

「違うよ、あれはテレビって言って、電波を受信して画面に映っているだけ。中に人はいないよ。」
「ふーん…。」
そう半兵衛に説明すると、納得したのか再び歩き始める。
どうやって?とか、そう言う質問は無いようだった。

私の家まであと少し。
ここまで来るのに結構周りの目が気になったが、もう人通りも少ないし安心だ。
そう思って一息ついた時だった。
前方から一番会いたくない人物、元彼が歩いて来ることに気付いたのは。
最悪。だけど、もう関係無いのだから知らんぷりして擦れ違えば良い。相手も何かしてきたりはしないだろう。
そう思い、普通に擦れ違おうとした時。
「よぉ、茜じゃん。元気してんの?」
「…あ、まぁ…普通に。」
向こうから手を振りながら話し掛けてきた。正直、話し掛けられるなんて思わなかった私は、返答が妙に太太しくなってしまった。
もう別れたのだから、普通に友達の時のように話せば良い。
その時、元彼の視線が半兵衛に向けられていることに気付いた。
その事に対して半兵衛はと言うと、得に気にも止めていないようだ。
話しが終わるのを、ただ待っていると言った様子でしかない。
そんな半兵衛を見て、元彼が口を開いた。
「隣のやつ、彼氏?」
その言い方が何だか嘲っているようで、「そうだよ。」とでも言ってやりたくなったが、半兵衛に無許可でそんなことは言えない。
「ってか着物とか、何時の時代の人だよ。茜と同じ歴史オタクの人とか?」

歴史オタク…。純粋に歴史を好きで調べたり、歴史的所縁のある地に観光へ行く人のことを、そんな風に呼ばないで頂きたい。
元彼は優しい人ではあったが、こんな風にデリカシーのない発言をすることが稀にある人だった。
それを分かっているからこそ、今こうして堪えることが出来る。
けど、次に言われた言葉には、到底堪えられなかった。
「ってか、過ぎた事気にしてても仕方ないじゃん。時間に置き去りって感じするし。戦国とか江戸とか、どうでもいい時代だし。」
どうでもいい時代?そんな時代、一つも存在しはしない。
今があるのは、昔の人が頑張ってくれたからだ。

それに、今の話しを隣にいる半兵衛も聞いていただろう。
こんなことを言われたら、絶対に気分を害する。現代の人が、皆こんな考えだなんて誤解されたくもない。

「もう関係ないでしょ!?ほっといてよ!大体、あんたなんか…、あんたなんか…!」
「もういいではないですか?茜、行きましょう。」
そう言って言葉に詰まった時、すかさず半兵衛が制止に入る。
初めて見た私の形相に、元彼はただ茫然と立ち尽くしていた。
そんな元彼を尻目に、半兵衛は私を引っ張って再び家へと歩みを進める。
あんな事があったからか、二人に会話は無く、沈黙だけが続いていた。
その沈黙を最初に破ったのは私の方だった。

「…半兵衛、ありがとう。」
「何がです?」
何が?だなんてわざとらしい。
半兵衛はあの時、私が泣いていた事に気付いていたから制止に入ってくれたのだろう。
私が、アイツに泣いてると言うことを知られたくないあまりに、言葉に詰まって俯いてしまったことも。
だから、正直あの時は半兵衛に助けられた。

「さっきの、止めてくれて。」
「茜って、怒ると涙も出ちゃう人なんですね」
未だに俯いたままの為、半兵衛の表情は確認出来ないが、きっとまた子供のように笑っているんだろう。
そう思いながら歩いていると、やっと私の家に到着した。
少しの間、半兵衛には玄関で待ってもらうことにして、自分の部屋へと向かう。
半兵衛に見られては困る物を隠すために。
『竹中半兵衛の生涯』これを見られてはならない。半兵衛の没年まで記されているのだから。
そう思い、隠す場所を探しているものの、なかなか見付からない。
仕方がないので、ベッドの下へ隠すことにした。まるで高校生男子のようだが…。

やるべき事は全て終了して半兵衛を部屋へと招き入れる。
両親が仕事で居ないことに感謝した。

「うわぁ…、何か色々凄いです…。」
「そう?普通だよ。」
部屋に入った途端、半兵衛はキョロキョロと辺りを見渡しながら言う。
普通とは言ったものの、半兵衛にとっては絶対普通じゃないだろう。
歴史上の偉人が自分の部屋に居ると言うのに、友人が遊びに来たのと同じ感覚なのだから不思議だ。
呑気に「飲み物を取りに行ってくる。」なんて言ってキッチンへ向かっているのだから。

取り敢えず、半兵衛の口に合いそうな緑茶なんかを冷蔵庫から取り出し、部屋へと戻る。
部屋のドアを開けると、半兵衛は窓の外を見て、一人物思いに耽っているように見えた。
「半兵衛、お茶…って、どうしたの?」
「え?何でもない、です。ただ、町並みが随分違うなぁと。」
声を掛けられて初めて、私が帰ってきたのに気付いた半兵衛は、床に座り込んで言う。
五百年も時が経てば、町並みも変わるだろう。

「ねぇ、茜。さっきの、僕も御礼言わなきゃです。ありがとう。」
「え?」
飲み物を飲もうとした瞬間、そう言って抱き寄せられて驚いた。
何故、御礼を言われているのか、何故、抱きしめられているのか分からない。
一つ、分かる事と言えば、私の顔がトマトみたいに真っ赤だと言うこと。

「茜が僕達の時代を肯定してくれた時、凄い嬉しかったんです。」
「…半兵衛…、私は、きっと半兵衛のことが…好きなんだと思う。」
抱きしめられて、暖かくて頭に血が上っていたのか、「好き」だなんて口走っている自分に驚いた。
だからと言って、嘘と言うわけではない。抱きしめられて真っ赤になるのも、心臓がドキドキと煩いのも、半兵衛のことが確かに好きだからだろう。

「うん、僕も茜のこと好きです。」
その直後、ギュッと更に強く抱きしめられる。
半兵衛の腕の中は暖かくて、二人を隔てている「時代」と言う距離なんか、どうと言うこと無く思えた。



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