『それは、大人の事情。』【完】

隣に寝た真司さんの横顔を見つめ、心の中でそう叫んでいたけど、それを口に出して言う事が出来なかった。


ついさっきまで、どんな事があっても本当の事を聞こうと思っていたのに、二人っきりになり、彼の温もりを感じてしまうと何も言えなくなってしまう。


もちろん真実を知りたい。なぜ、あのマンションに行ったのか、そして、あの女性は誰なのか……


でもここで真司さんを問い詰めて、彼の機嫌を損ねてしまったら取り返しのつかない事になる。そんな気がしたんだ。


私は、真司さんを失うのが怖かったのかもしれない。やっと手に入れた平凡な幸せと、この温もりを……


もうセフレをしてた頃の自分には戻りたくない。愛される喜びを知ってしまった今、私は有り得ないくらい臆病になっていた。


だから……確かめたかった。彼の愛を―――


「ねぇ、真司さん……抱いて?」


彼の体を抱き締め頬に唇を押し当てる。でも……


「すまない。今日は疲れてるんだ」


えっ……真司さんが私の誘いを断るなんて、今まで一度もなかったのに……


―――何かが変わった。


でも、その"何か"の正体が分からない。言いようのない不安を感じ、その夜、私の瞼が閉じる事はなかった。一睡もせず、ただ、背を向けて眠る彼を一晩中見つめていたんだ。


そして頭の中では、白石蓮の言葉が何度も浮かんでは消え、消えては浮かび、更に私を不安にさせていった。


白石蓮は、いったい何を知っているんだろう?


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