『それは、大人の事情。』【完】
予想外の白石蓮の言葉に動揺する。
彼がまた写真家を目指すと言ってくれたのは嬉しかった。でも、私がモデルだなんて……もうこれ以上、白石蓮とは関わりたくないのに……
「梢恵さんが部長さんが好きで、本気で結婚したいって思ってるなら、もうしつこくしたりしない。その代り、一日……一日だけでいい。撮影に付き合って欲しい」
「でも……私、モデルの経験ないし、もっと若い娘の方が……」
それは、嘘偽りのない本音だった。三十路間近の私にモデルなんて勤まるはずがない。でも彼は、トイレに行くのを躊躇してた時とは別人みたいな大人びた顔で言う。
「経験や歳なんて関係ない。それは、撮る俺が決める事だよ。納得いく作品にするには、自分がどれだけその被写体を撮りたいと思うか……だからね。
俺は梢恵さんが撮りたい。うぅん、梢恵さん以外撮りたくない。本気で俺に写真家になれって言うのなら、そのくらい協力してよ。俺の最後のお願いだから……」
「あ……」
彼は本気だ。本気でまたカメラを持つと言ってるんだ。そして私の事を諦めると……その為のケジメを付けたいと思っているのかもしれない。それなら協力してあげなきゃ……
でも、決断しなくてはと思う反面、モデルになる自信も勇気もなく、不安な気持ちは拭えなかった。
「……私に、モデルなんて務まるかな?」
数秒の沈黙の後、白石蓮は静かに頷いた。
「梢恵さんなら大丈夫。俺にとって梢恵さんは、最高のモデルだよ」
彼の笑顔に背中を押され、私もぎこちない笑顔で頷いていた。