『それは、大人の事情。』【完】
「梢恵、専務だ」
「専務って……あ、絵美さんのお父様?」
専務は私の顔をチラッと見ただけで何も言わず、すぐに真司さんに視線を移す。
専務の顔は社報で見てなんとなく知っていたけど、こんなに恰幅のいい背の高い人だとは知らなかった。
「来たか……早く絵美の所に行ってやってくれ」
「……はい。それで、絵美の具合は? 大丈夫なんでしょうか?」
「救急車で運ばれたんだ。大丈夫なワケないだろ?」
専務は声を荒げそう怒鳴ったけど、すぐに冷静になり絵美さんの容体を教えてくれた。
病院に到着した時は意識がなく危険な状態だったが、今は治療も終え眠っているらしい。医師からもう心配いらないと言われたので、明日の早朝から出張の専務は家に戻るところだったと……
「絵美が時折、寝言で真司君の名前を呼ぶものだから家内が君に電話したと言ってたよ」
「そうでしたか……で、沙織は?」
「家内が絵美に付き添ってるからな、今は裕美(ゆみ)の所に居る」
裕美さんとは絵美さんの姉だそうで、沙織ちゃんはお姉さんの家に預かってもらっているらしい。
それなら安心だ。でも、沙織ちゃんが病院に来てないのなら私がここに居る必要はないよね。むしろ居ない方がいい。
真司さんもそう思ったのだろう「梢恵はもう帰っていいから」と私の肩をポンと叩く。すると専務が険しい表情で私を睨み付けてきた。
「君が真司君のフィアンセかね?」
「あ、はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。朝比奈梢恵と申します」