『それは、大人の事情。』【完】
それは、未来のない情事を重ねてきた私にとって、平凡な"女"に戻れた最高の時間だった―――
「今日は泊まっていけ」
私の髪をソッと撫で微睡む部長。そんな彼の穏やかな顔を見ていたら、さっきの言葉が思い出され胸の奥が熱くなる。
もう私の全ては部長のモノ。あなただけのモノだから……
心地いい疲れと満ち足りた心が、今までの辛かった日々を全て消し去ってくれた様な……そんな気がして……彼の寝息を頬に感じながら私も静かに目を閉じた。
―――翌朝
ガランとしたリビングで向かい合って食べるトーストとコーヒーだけの簡単な朝食。でも私には、高級ホテルの豪華なブレックファーストよりご馳走に思えた。
私を大切に想ってくれる人と、他愛もない話しをして笑い合う。こんな平凡な幸せを味わえるなんて、まるで夢のよう……
そして、食事を終えた私達は、各々出社の準備に取り掛かる。けど、メイクをしていても、窓際で着替えている彼の姿につい目が行ってしまう。
髪をセットし、ワイシャツ姿でネクタイを締めている彼は、とても凛々しく惚れ惚れするくらい素敵だ。
三十代で商社の部長だもの。当然、仕事も出来る。そんな人に、私は愛されてるんだ……
「なんだ?ジロジロ見て」
「うぅん、なんかこういうの、いいなぁって思って」
「こういうのって?」
「二人で居る事」
素直に自分の気持ちを口にしている事が驚きだった。
「じゃあ、ここに来ればいい。ずっと二人で居られる」
「えっ……」
一瞬、自分の耳を疑った。
それって、同棲するって事?