『それは、大人の事情。』【完】
居酒屋の支払いを済ませ駅に向かって歩き出すが、さっきの佑月の泣き顔がチラつき胸がキリキリ痛む。
あんな辛そうな佑月を見るのは初めてだ。なんとかしてあげたい。けど、どうすれば……
混雑する電車に揺られ自問自答を繰り返すも、下車する駅に着いても答えは出なかった。
遣る瀬無い思いで駅の改札を抜けると、私と並んで改札を通り抜けた人が「あっ……」と小さな声を上げた。その声に反応して視線を向けた瞬間、私も「あっ……」と小さな声を上げる。
帰宅を急ぐ人の流れの中、私達は歩みを止め無言で見つめ合う。
どうして、このタイミングで彼と会うかなぁ~……
先に口を開いたのは、彼の方。「こんばんは」と言う彼に無表情で会釈した私は、進行方向に視線を戻し歩き出す。
「待ってよ!」
その呼び掛けを無視し、ドット柄の傘を広げた時、背後から近づいてきた足音の主にガッチリ腕を掴まれた。
「放して……」
「ヤダ!なんで逃げるの?」
「逃げる?私が?人聞きの悪い事言わないでよ!」
振り返り彼の顔をキッと睨むと、透ける様な白い肌に薄っすらと赤い傷跡があるのに気付いた。
「その傷って……あの時の?」
すると、慌てて頬を押さえ、バツが悪そうに苦笑いする。
「うん、めっちゃ痛かった」
薄いブルーの瞳が悲しそうに私を見ている。一瞬、悪い事をしてしまったと思ったけど、そうさせたのは彼だ。悪いのは白石蓮。私じゃない。
「いつまで腕掴んでるのよ!放して!」