『それは、大人の事情。』【完】
強引に彼の手を振り解いた時、白石蓮の指が私の耳たぶに当たり、引っ張られる様な感覚に顔を歪める。その直後、小さな光る物体が雨の歩道の方に飛んでいくのが見えた。
何が起こったのか分からず、少し痛む耳たぶに触れると、有るはずのモノがない。
「ピアスが……ない」
あぁ!今光って見えたのは、私のピアスだったんだ。
おそらく彼の爪が私のピアスに引っ掛かり、取れてしまったのだろう。あのピアスのキャッチは、以前からかなり緩んでいた。お気に入りだったからついチョイスしちゃってたけど、いつか落とすんじゃないかと思ってたんだよね。
ピアスが飛んでいった方向に目を凝らすが、この雨だ。もう流されて側溝に落ちてしまったかもしれない。心残りだけど、諦めるしかないかと肩を落とす。
「ピアス……ごめん」
シュンとした顔で何度も謝ってくる白石蓮に「もういいよ」と声を掛け歩き出す。さすがに悪い事をしたと思ったのか、彼が後を追ってくる事はなかった。
既に明かりが消え閉店したカフェを通り越し、丘の上のマンションに帰るとなんだか疲れがどっと出て、そのままベットにダイブする。
でもどうして白石蓮は、あの駅にいたんだろう?もしかして、この近くに住んでるのかな?だとしたら、また会うかもしれない。
会社でも、カフェでも、そして通勤途中まで彼の存在を気にしなくちゃいけないなんて……最悪だ。