『それは、大人の事情。』【完】

慣れた手つきでブラのホックを外した真司さんがカットソーを捲り上げ、私の胸に顔を埋める。彼の唇が肌に触れるたび快感の波が押し寄せてきて、呼吸は荒く乱れていく……


彼から与えられる刺激に身悶えながら、漏れそうな声を必死で堪えていたけど「もう……ダメ」立っていられない。


「梢恵のその顔が見たかった……」

「あぁ……真司さん」


更に激しくなる愛撫に足が震え、もう体を支える力は残っていない。縋る様に真司さんの頭を抱きかかえると体を大きく仰け反らせた。


―――その時、微かにドアが開く音が聞こえ、真司さんの動きがピタリと止まったんだ。


まさか……


甘美な世界を漂っていた意識は一瞬にして現実に引き戻され、同時に真司さんは何事もなかった様に立ち上がり、私は慌ててカットソーを引き下ろす。


「パパ……」


沙織ちゃんに呼ばれ振り返った真司さんは、今まで私の体を激しく求めていた人とは思えないほど冷静な目をしていた。でも私は真司さんとは対照的に動揺を隠せない。


もしかしたら沙織ちゃんに見られたかもしれない……


「どうした?沙織」

「お腹すいた」

「あぁ……もう昼だな。梢恵、簡単なモノでいいから作ってくれないか?」

「う、うん。分かった。すぐ作るからリビングで待ってて」


沙織ちゃんに変わったところはない。どうやらギリギリセーフだった様だ。


ホッと息を吐き、キッチンを出て行く二人の背中を眺めていたら沙織ちゃんが振り向き私を見た。その顔は憎しみに満ちていて、明らかに私を敵視している目だった。


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