柴犬~相澤くんの物語り
 男が檻の中に入ってきて、おれの頭と高宮さんの足を掴み力まかせに左右に押し開く。
ウッと呻いて思わず口が緩み、ズルリと後ろに下がった。
離されまいと足を突っ張り渾身の力で踏みとどまると、再び高宮さんの前足に牙をたてる。


 牙が肉に食い込んでいる。
きっと痛いはずだ。
彼の足を噛み砕いてしまうかもしれないと思うと怖くなる……

でも今、離してしまうと、もう明日には彼はどこにもいなくなってしまう、もう二度と会えなくなってしまう、そんなの絶対に嫌だ……


涙がぼろぼろこぼれ落ちる。


 助けて、高宮さんを助けて……

祈りながら彼にしがみついていた。



 「相澤君……そんなに強く噛んでたら息苦しいでしょ? 私の事は大丈夫ですから……君がおウチに帰った後、主人も来てくれるかも知れない……きっと来てくれますよ! そうすれば明日からまた遊べるじゃないですか。明日、君の好きなお菓子いっぱい持って行きますから先に帰って待ってて下さい。ねっ!」

 高宮さんが涙でクシャクシャの笑顔で優しく話しかけてくる。


 うーうーと、泣きながら、かぶりを振った。



 どうやっても離れようとしないおれに、男の手がふとゆるんだ。


 「この二匹はねえ、捕まった時から今までずっと…片時も離れないんですよ。こういうの見てたら、なんか、かわいそうでね」

 ショーコさんに話しかける。

 長い間、この仕事をやっているから、犬を処分するのは慣れているはずなんだけどと、その男は、少し目を潤ませた。
 
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