グーグーダイエット
12:鉄板肉料理、愛のメニュー~サラダを添えて~
 何時もの場所に到着すると、まずは準備運動だ。ハンちゃん、サラダ、神様も混じってのびのびとラジオ体操をする。スーさんは教官の如く、さと子の背程あるお箸を地面に叩きつける。
「いっちにーいっちにー! この先10キロが待ってるからな!!」
「えーっ! 10キロー!!? 私2キロが限界よ……」
「何言ってんだおめー。42,195キロ走りきる奴だってこの世にいるんだぞ。10キロくらいで甘ったれんな」
「いや……そこまで走れるようになるまでには、度重なる努力が必要だから……」
 ハンちゃんやサラダも心配そうな顔をしてさと子を見る。だが、何より一番不安なのはさと子自身だ。体操をした後が恐ろしく、ラジオ体操をしている間も気が滅入ってしまった。

 スタートラインに立つと、スーさんから説明を受ける。
「とりあえずは道なりに真直ぐ進め。で、途中郵便局があるから、そこを右に。そこで待つのがおめーだ」
 お箸で指したのはハンちゃんだ。ハンちゃんは、「え」と珍しく眉間にシワを寄せる。
「じゃあ、ボクはサトちゃんと一緒に行けないの?」
「郵便局で合流したら一緒に走れ。サボらないように見てろ。んで、だいたいそこまでが2キロ半だな。その後斜めの方向にデパートが見えるから、そっちの方向へ曲がって走れ。その後、コンビニが一つある。そこに待つのが俺だ。そこまでがおおよそ5キロ。そこで、お前がちゃんと走ってるかと、体調を見てやるから」
 正に鬼教官の様な事を言う。スーさんを呼んだのは間違いだっただろうか。早くもさと子は後悔し始めていた。しかし、彼がいないとまともなトレーニングが出来ないのも事実。
「で、そっから2キロ半走った7キロ半のとこ……児童会館があったよな。そこに、おめーだ。サラダ」
「は、はい……」
 サラダを箸で示しながらも、スーさんは眉をひそめてサラダに顔を近づける。
「おめーさ、本当にサラダか?」
「さ、サラダだよっ!!」
 なんて失礼な、サラダが顔は真っ青にして答えた。
「何か前と違う気がするんだよなー……」
「サラダは何かイメチェンでもしたの?」
 さと子の質問に、サラダは考える。イメチェン? 前髪を切ったりはしたが、他に何かしていただろうか。考え込んでいると、不思議と視界がぼやけて見える。貧血か? 額に手を当てた。
「おいおい大丈夫かよ。何かあったら神様の待ってるゴールに移動しろよ。俺は大体ルート覚えてっから」
「ああ、だからステーキこの前地図見てたんだ。サトちゃんの為に色々頑張ってるんだねぇ。それなら僕も頑張らないと」
 ハンちゃんの何気ない言葉に、スーさんは顔を真っ赤にしてハンちゃんの首を絞めようとする。
「や、やめなさい!」
 さと子が駆け寄ると、苦し紛れに前髪を掻き分け、「フッ」と何事も無かったかのように涼しい顔をする。が、額から冷や汗が一つ流れている。
「もー。でも有難う、スーさん。私の為に一生懸命頑張ってくれたなら、期待に応えないとね」
 改まって礼を言われると、気恥ずかしくなる。スーさんはさと子から目を逸らすと、「お、おう」とだけ返事をした。そんなスーさんが気になったのか、ハンちゃんと神様が逸らした顔を覗いた。その気配に気付いたスーさんは、即座にハンちゃん、そして神様をも叩き倒した。個性の強いメンバー達に、サラダは為す術がない。そんなサラダの元にさと子が移動すると、こそっと話しかける。
「私絶対遅いのにさ、待たせちゃうなんてゴメンね。これならさっきみたいに出かけてもらってた方が気が楽だったな。でも、調子悪いなら早いとこ神様のとこに戻ってね。後はタフで優しい肉料理に任せてさ」
「あ……」
 影が薄いと言われている自分にも、気を遣ってくれるさと子に、何と返せばいいのか戸惑う。
「本当に大丈夫? 今からでもウチ戻る? 鍵渡しとくよ」
 サラダは必死に首を振り、「大丈夫!」とだけ答えた。
「そう? でもあまり無理はしないでね。これは私の用事なんだから」
 さと子はスーさん達の元へ戻ると、「やるんならさっさとやる!」とぐだぐだしているスーさん達に一喝した。これ以上待たされるとさと子もやる気を失いそうなのだ。
「お、頑張るねぇ。んじゃ、早速スタートだ。神様、頼んだ!」
「任せなさい! オリャァッ!!」
 神様が両手を伸ばし、手先をぶらぶらと揺らすと、3人の姿が瞬く間に消えた。
「やっぱり神様だったんだなぁ……あの人」
 さと子は呟いた後、体を構えるとゆっくりと走り始めた。

 スタート後、何とか2キロを乗り越えた。もう既に息が上がっているが、この先にハンちゃんが待っている。此処で休んでいてはさすがのハンちゃんでも呆れてしまうだろう。汗を流しながら、無我夢中で走り続ける。
 赤い郵便ポストみたいな形状をした建物の郵便局が見つかった。ここはたまに通るけど、やっぱり見た目が斬新で忘れられない。学生の頃は、此処でよく友達と待ち合わせしたんだったな。さと子は疲労感を誤魔化そうと、昔のことを思い出す。
 郵便局の駐車場で、ハンちゃんは待っていた。ハンちゃんがさと子の存在に気付くと、大きく手を振る。
「お疲れさまー! って言ってもまだこれからだけど……はい、お水。あと、タオルもね」
「ありがとー」
 水をごくごくと飲み、タオルでぐしゃぐしゃと髪を拭く。バラバラになった髪の毛を、ハンちゃんが整えた。とめどない汗で、体から湯気が出ている。
「サトちゃんには悪いけど、あんまりゆっくりしているとステーキに怒られそうだから、行ける範囲で進もう。僕も頑張るよ」
「うん! ごめんね、ハンちゃん大丈夫?」
「僕は平気。追いかけっことか大好きだから」
 だからこそその体型があるんだよなぁ。ハンちゃんの体型くらいになりたいものだ。
「ねぇ、ハンちゃんって何キロ?」
「え? グラムかなぁ」
 そう言えば、元は肉だった。さと子は自分の愚問さに苦笑いする。グラムとなるとさと子の体重とは比べ物にならない。
「人間の時は?」
「どうだろう、はかったことないからなぁ」
「そっか。変なこと聞いてごめんね。ハンちゃんの体重を目標にでもしてみようかと思ったんだけど……」
「僕の? そっか。体重なんて気にしたことなかったけど、帰ったらサトちゃんの体重計乗ってみようかな」
「あ、良いね! 何か楽しみになって来た。おっしゃー頑張るぞー!!」
 今度は2人で郵便局からスタートした。ハンちゃんは、話しかけるとさと子の体力が減ることを見越して、なるべく無言で走った。2人の息だけが聞こえる。
 赤に点滅した信号の前まで来ると、さと子が溜めていた疲れを吐き出すように大きなため息をした。膝に手をつけ、腰を曲げて何度も呼吸をする。
「頑張って! もう4キロ走ったんだよ。あとちょっとだよ」
 ハンちゃんに励まされ、さと子も踏ん張る。信号が青に変わる
と、2人は走りを再開した。再開した後は、さっきよりも足が重たく感じる。乳酸がたまっているのか。くじけそうになる度、ハンちゃんが声をかけてくれる。きっと自分の気持ちに気付いているのだろう。ハンちゃんの為にもめげちゃ駄目だ。さと子は何とか力を振り絞って走った。
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