サイレント・キス 〜壁越し15センチの元彼〜
「えっと……こちらの方は?」
不自然にならない程度に朝比奈さんと奥さんから視線をそらしていると、朝比奈さんの奥さんが口を開いた。
また、ドクン、と心臓が脈を打つ。
「あー……うん。紹介する。彼女は、松本凛花さん。会社の部下だよ」
────ズキン。
次は、深く、鋭く痛んだ。
そっか……そうか。そうだよね。私は、ただの会社の部下だよね。
「初めまして。松本凛花です。いつも朝比奈さんにはお世話になっております」
少しでも力を緩めれば一瞬のうちに溢れ出しそうな涙。それを必死で溢れないように抑えて、頭を下げた。
「松本、隣の方は?」
「えっ……と、彼は……」
「僕は、松本さんと同じアパートに住んでいるものです。隣人です。ここに来て間もないので、近所を案内してもらっていました」
朝比奈さんの質問に、どう答えようか困っていた私。深月くんは〝元彼〟か〝隣人〟か、それとも別の何かか。
どう答えるのが正解なのか試行錯誤を繰り返していると、深月くんが私の代わりに答えた。