トンネルを抜けるまで

「お姉さん、名前は?」
 あら、ソレもう聞くの?
「今まで散々振り回して来たんだから、もうそろそろ良いでしょ。話す時、名前で呼びたいし」
 本当に? 名前で呼びたいなんて言われたことないよ、いっつも先生ってもてはやされるから。嬉しい。
「名前は?」
 セルパンだよ。名前が蛇と一緒なんて運命感じちゃうな。蛇がお父さんだって言うんだから、仕方ないか。
「セルパン、どうやって此処へきたの? その、此処まで来ちゃった経緯とか」
 うふふ、死ぬ直前のこと思い出させるなんて、リックもなかなかね。それはそれなりに、痛くて苦しい思いをしたわよ。でも、事故った時みたいなショッキングな経緯じゃないから安心して。
「そっか。学者みたいだけど、今までどんなこと調べてきたの?」
 此処の存在の様に、まだ存在を実証されていないものが、本当にあったのかを調べているのよ。ほら、宇宙人とかイエティとか!
「合ってそうだもんね、そういう胡散臭いの調べるの」
 何だかトゲのある言い方だなぁ。そこが君の良い所でもあるけどね。そういや君、てっきり2,3年くらいは下で働かされてるのかと思ってたけど、1年って早かったわね。位が上がってからは何してたの?
「料理やったりテレビみたり、気が向いたら服も作ってた。あそこ、赤い服しか作って無いから、たまに上に登らせてもらって、青い草を取ってきて、ソレ染めたりして」
 すっご。もうどんな仕事でも出来ちゃうじゃない。っていうかめちゃめちゃスローライフじゃないの! なのに私には地獄だなんて。
「セルパンは、ガサツそうに見えて。鍛冶とか料理とか絶対出来なくて、昇進なんて無理じゃないかと思ってたから」
 ま、まぁね……痛いとこつくよね。
「でも、王女ならする必要も無いね。それに、仮にこの生活に慣れて、オレみたいな霊になるのもアレだから」
 なるほどね。やっぱり良い子だね。
 頭を撫でると、途端に顔を赤くして手を払いのけられた。あ、髪崩れるの嫌なタイプか?
「セルパンは、この情報を持ち帰ってどうするつもりなの?」
 聞きたい? そうだね、この情報を持ち帰ってね、誰にも言わないの。
「どうして。折角此処まで来て知ったのに」
 リックと一緒だよ。知ってるからこそ、止めるのよ。噂って言うのは怖いものでね、私が初めて聞いた時、生死をさまようこのトンネルは今ある現状を変えてくれる運命のトンネルだって聞いたの。でもそれは、多分噂がうわさを変えてそうなっただけ。そうなんじゃない?
「蛇王様言ってた。此処にやってくる人の中には、人生を変えたくてわざわざ危ない目にあって来た人もいたみたいって」
 そう。素敵な世界を夢見てくる人もいるの。けれど、夢は所詮夢。思い通りにいかないのが人生なの。そんな時、逃げる様に皆が此処に来ちゃいけない。だから、私は学者として他の学者達に言う必要がある。死にかけたが、そんな世界は見つけられなかった、何の記憶も無いのだと。
「それで、研究はやめられるのかな」
 どうかしら……。でも、私のことを唯一理解してくれる学者がいてね。その人に、こっそり伝えているの。そして、起きたら伝えるつもり、あの本は、燃やして頂戴と。
「セルパンがしないの?」
 私? 私は今動ける状態じゃないからね。
「忙しいんだ。先生って呼ばれるくらいだもんね」
 そうね。だから、この研究も私に託されている。それに、トンネルには誰でも来られるわけじゃないでしょ?
「うん。ランダムに選ばれた中で。それも、この世界の途中で消えた人だっているし」
 誰もがトンネルを抜けられるわけじゃない。そもそも来られるかどうかも分からない。そんなものに託しちゃいけないのよ、たった一つの愛おしい自分と言う存在を。それでも、どうしてもやってきてしまった人、そう言う人を、誘導する。それが君の役目だよ。
「わかった。セルパンが頑張るなら、頑張る。人にあったのなんて何時ぶりかだから、ちょっと名残惜しいな」
 ウザい人間でさえ恋しい? その時はいつでも会いに来るよ。
「困る。大切な人だからこそ、命を大切にしてほしい」
 あら。そっか。
「もう来ないでね。寿命が来るまでは」
 わかったよ。それまでは、我慢して待っててね。
「うん」
 そうそう、一つ不思議なのがさ、リックは霊なんでしょ?
「そうだよ」
 それなのに、何で年とってるの?
「霊にも霊でいる寿命みたいなのがあるみたい。現世で年をとってるほど、生まれ変わるのが早いんだって。トンネルを抜けて生まれ変わった霊もいたって聞いたけど。でもこれは天国や冥界でのルールとは違うし、あっちは地域分布細かいからルールも多様みたい。こっちのトンネルでのルールだから、あっちはよくわからない。オレは此処の監視者になるって決まっちゃったから、これ以上年はとらないって」
 じゃあ私、仮に寿命で死んだとしても、こっちへ来られれば可愛いままのリックを見て死ねるのね。
「人間だもんね。でも、こっちに戻ってきたらどうなんだろう。蛇王様はもうウン千年前から生きてるって聞いたけど」
 まぁ、その時はその時ね。
「どっちにしても、次来る時はご年配だろうからね」
 人生どう転がるかはわからないけどね、そうなれば良いなぁ。
「結婚、したい?」
 そこまで考えて無いなぁ。良い人がいればいいけどね。
「知り合いでかっこいいなとか、優しいなって人はいないの?」
 さっき言った、理解者である学者は良い男だよ。でも、学者ってのは偏屈な奴が多くてね。潔癖症なのよ、嫌になるくらい。
「正反対だね」
 そうなの。仕事では利害が一致するけど、それ以外は全然駄目。趣味も料理の趣向も合わない。そんなのとばかり出会うから、恋は全く考えられないな。
「セルパン、死ぬ時はちゃんとみとってもらってね」
 もう! 死ぬ時の話ばかりするんじゃない!! でも心配してくれてありがとね。大丈夫よ、アパート住んでるから、大家さんがきっと見つけてくれるわ。
「ペット飼ってるの?」
 熱帯魚なら。始めアパートで育ててたけど、いちいち仕事場と移動するのが面倒でね、結局今は仕事場にいるのよ。今頃、あの子達の面倒も彼が見てくれてるんだろうな。
「じゃあ、ペットの健康面は心配ないね。良かった」
 うん。彼はマメだから。それに、結構可愛がってくれてるみたいよ? ありゃしばらく……いや、最悪一生結婚出来ないわね。ペット欲しい? ならあのバイキン一匹飼ったら?
「あんなの絶対嫌だよ。バイキンは、地獄から送られてきた素行の悪い悪魔らしいよ。だから、ああやってビシバシ鍛えてるんだって。世の中甘くないって、そう教える為に、下の世界があるみたい」
 一本道の人生なんてつまらないものね。有難う、良いこと聞かせてもらったわ。
「ううん。そっか、もう出口、こんな近いんだ」
 真っ白な出口は、途端に現れた。もう大股で10歩あるけば抜けられる距離。
「寂しいけど、待ってる。おばあちゃん介護する日」
 やだやだ、ピンピンしたいじわるばあさんになって来てやっても良いんだからね。それじゃあね、また今度。
「うん、また。セルパン」
 リックに手を振って、私は出口を抜けた。まだ汚れを知らないような、純粋な光をまとって。
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