トンネルを抜けるまで

 ピピピピ、ピピピピ……隣から機械の音がする。その上にはゆっくり雫の落ちる点滴がある。口には息苦しいプラスチックのマスクがついてて、体には線がいっぱい。ああ、帰って来たんだな。
「セル!」
 噂をすれば。例の潔癖学者、ダニエルがいる。
 他に、人は? 振り絞った声で言うと、ダニエルは首を振った。
「良かった。今さっき、ピーッて音が聞こえて慌てて医者を呼ぼうと思ったら転んで手から血が出たよ。全く、慣れないものだな」
 ハハハと笑う。普段完璧な彼も、そんな失敗するのね、私も微笑んだ。でも、もうきっと時間が無い。早く話さないとね。
 ダニエル、貴方にだけ本当のことを言うわ。私は今まで、あのトンネルの中にいたわ。
「本当かい!? それじゃあ、君は生き返ったんだね!」
 そうね。でもね、私は、あの世界を、皆が知ってはいけないと思うの。
「ああ。命は大切にするべきだ。それに、全てのものが行けるところでは無いのだろう?」
 ええ。だからこそ、私は一度生き返ったなんて言わないで欲しいの。そんなこと言ったら、バカな学者はこれを発表してしまうわ。
「させやしないよ。君の命を利用して、そんなことはな」
 私は良いのよ、どうせ治りやしない病なんだもの。本当なら使ってもらいたいだけど、よりによってこの情報はね。
 それとね、貴方に頼みがあるの。リスクのあることだから、貴方に自分でやりたかったんだけど。
「捨ててほしいのかい? 本を」
 お願いしたいの。出来ることなら。
「構わないよ。君には貸しがある」
 あったっけ?
「ああ。部屋にゴキブリが出た時に、追っ払ってもらっただろ?」
 ああ、そんなこと。
「そんなこととはなんだ! アイツは僕の天敵なんだぞ!!」
 ダニエルがそう言うと、二人で笑った。
「……僕は信じているぞ、君なら、きっとそのうち僕以上に元気になるだろうって」
 私はただ微笑んだ。でも、もう、体は痛くて苦しくて、意識も今にも飛びそうなんだ。この状態からはきっと……ダニエルには、迷惑ばかりかけてしまって、本当に申し訳ない。
 ダニエル、突然ごめんなさいね。綺麗な花を買ってきてもらえないかしら。此処にあるのも綺麗だけど、もっと色の濃いのが良いな。
「わかった。行ってくるよ」
 ダニエルは足早に病室を出て言った。ごめんね、あまり苦しむ姿を見られたくなかったの、どうしてかしらね。一種の乙女心って奴なのかしら。なんて言ってる間にも、苦しくて、消えて無くなってしまいそうだ。
 機械の音が早くなっていく。もう、駄目だ。
「ごめんよセル、財布を忘れて……セル? セル? ……セルッ!!」
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