トンネルを抜けるまで
5組目

「……ダニエル……どうして」
 エルが、目の前にエルがいる。それも、僕が最後に見た弱々しい彼女では無い。この薄暗い土地で、唯一の灯火の様な瞳をしている。以前腐るほど見ていた明るい彼女だ。
 エル、まさか君に会えるなんて。だが、君はもう亡くなってしまったはずじゃ……。
「そうよ。でも、ワケあって霊として此処に厄介になってるの。この子とね」
 エルの腕の中にいる紫色の髪をした少年が、エルに身を隠しながら此方を見ている。よく見ると、二人は同じ様な服を着ている。
「ダニエルって、もしかしてエルパンの仕事仲間の……」
「ええ。双子や似てる人で無ければ、彼は正真正銘、私の盟友ね」
 紫色の髪をした少年に、エルが話しかけていた。この喋り様、彼女はこの少年と仲が良いのだろうな。
 君の名前は?
「リック」
 リックか。彼女の知り合いにこんな子供いただろうか。しかし、同じ格好をしている辺り、この世界にいることに何か関係しているのか。
「貴方、どうして此処へ来たの。まさか、自ら望んで来た訳じゃ無いわよね」
 君は此処の存在を知った者が此処にすがる為に来ない様に、僕に託した。だから僕も出来るだけのことはやった。本を破棄し、研究チームから脱退し、そして彼女の葬儀や熱帯魚の世話も。チームを脱退してからは、微生物の研究の仕事に就いた。なかなか熱中できる仕事ではあった。特に体の不具合も無く、婚約者も出来た。しかし、どうしても心残りだった。エル、君のことが。
「そりゃあ悪かったとは思ってるわ、死に様を見せなかったのは。けれどね、貴方に苦しみもがいてる姿は見せたくなかったのよ。貴方だって同じ状況なら他人にそうしていたはずよ、察しなさい」
 立ち上がったエルは、腕を組んで仁王立ちして睨む。
 何だ、その高圧的な態度は。こっちがどれだけ心配したと思ってるんだ。君は何時もそうだ、他人のことなんて一切考えもしない。
「だから何っ」
「そんなことない!」
 エルの後ろから覗くリックが強く言った。今まで大人しかっただけに、度肝を抜かれた。リックはムスッとした顔付きをして、僕を見ている。
「考えてるよ。でも、考えてるだけ。他人に気とか遣わない」
「リック、全然フォローになってない」
 エルに頭を撫でられながら突っ込まれたリックは、顔を赤くして彼女の後ろに顔を隠した。隠した状態で話を続ける。
「でも、考えてる。考えてるから、自分の中で解決しようとする。だから誰にも言えなくて、結果的に誰かを傷つける」
「ねぇ、せめて2回目はちゃんとフォローしよう? 私そんなに良い所無いの?」
「無い。いいからエルパン黙ってて。わからないの? お兄さん、エルパンと長い付き合いなんじゃないの?」
 リックの言葉が、重たくのしかかる様だった。子供なのに、彼女のことをよく分かっている。僕以上に。……いや、これは僕も知っていることだったな。
 率直に言おう。君のことが心配だったんだ。
「だったらこの通りよ。霊が言うのも変だけど、ピンピンしてるわ。それより、貴方この状況がどういう意味か分かるわよね。そして、私が貴方に言った言葉を覚えているのなら、貴方がこれから何処へ向かうべきかは分かるでしょ?」
 そうだな。ならせめて、君にもついてきてほしい。
「出口手前までだったら送ってあげる。貴方にだけは此処に来てほしく無かったけど、来てしまった以上は仕方ないわ。ついでだから昔のことでも思い出しながら歩きましょ」
 ああ。よろしく頼む。
 エルと僕がトンネルへと歩きだすと、リックが慌てて僕達の後をついて来た。彼女はこの子によほど好かれているらしい。同様に、リックを見る彼女の目も、僕や他の学者達を見る目とは全く違う。とても温かくて柔らかいものだった。
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