トンネルを抜けるまで

「……明日香(あすか)!!」
 ギュッと抱きしめられた。この温もり、優しい声。秋次だ。私、生きてるんだ。

 他にも視線をやると、私の家族、そして見覚えの無い男女がいる。女性の方は小さな赤ん坊の写真を持っている。もしかしてこの人達が……。
「良かった……お父さん、きっと、春太(はるた)が助けてくれたんですよ」
「ああ、そうだな。良かった。本当に……」
 あ、あの。どうしよう。秋次が離れた瞬間親や弟が話しかけてくれるんのは嬉しいんだけど、春太くん。その子のことが聞きたくて……。
 春太くんって、秋次のお兄さんですか? いっこ上の。
「え……明日香、兄さんのこと何で知ってるの? 話したことあったっけ」
 図星。お兄さんのこと、全然聞いたこと無い。お兄さんって人と夢であったの。そう言った。多分、夢とは少し違うんだろうけど。
「そうだったんですか……春太には謝りたいことばかりなのに、助けられてしまうなんて」
 秋次のお母さんがハンカチを目に当てて言った。写真を見て、私の家族も大体の事情を察っして黙った。
「春太くん、皆さんのこと恨んでないと思います。夢であっただけだけど、あの子はとっても繊細な子。でも、本当は心から誰かを愛せる子で、誰よりも優しい子なんです。私を、助けてくれたから」
 何度も、トンネル行こうと言っては、躊躇って私の背中を突き刺した。それはきっと唯一関われた人に対する執着だったんだろうけど、それでも彼は私に一緒にトンネルに入ろうって言ってくれた。助けたい、でも一人になりたくない。そんな気持ちの中で揺れ動いていたんだ。
「そうですか……そう言ってもらえると、少し報われます。有難う御座います、明日香さん」
 秋次のお母さんの言葉でお父さんも頭を下げた。私も深く頭を下げる。

「すみませーん! お父さん!!」
 看護婦さんが、赤ん坊を抱えて病室に入ってきた。私以外に患者は見当たらないけど。どうしたのだろう。
「あ、あれ? 病室違いました?」
「はい、多分……」
 秋次が答えてくれた。ドジな看護婦さんだなぁ。
 ドアを閉めても尚、赤ん坊の泣き声と慌てふためく看護婦さんの声が聞こえてくる。微笑ましくて皆が笑った瞬間だった。

 貴方は今何処にいるのかしら。それともまだ生まれてないのかしら。分からないけれど、きっと何時かまた会えるって信じてる。貴方のお陰で、こんなにも人を愛し、命を尊く思えた。だからね、今度会った時はあの時言い忘れたお礼、言わせてね。
 ――有難う、春太。
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