パドックで会いましょう
先週は案内板の前で立ち止まって因縁をつけられたから、今日はもう立ち止まらない。

僕にも学習能力ってものがあるんだ。

まず向かうのはどこだ?

いきなりゴール前?

買いもしないのに、馬券売り場なんて行っても仕方ないしな。

とりあえず、フードコーナーでコーヒーでも飲んで落ち着くか。

いや…それこそ落ち着けよ。

やっぱり、どう考えてもパドックだろ?

あんなに会いたいと思っていたくせに、そこにいて欲しいような、いて欲しくないような、妙な気持ちだ。

僕は恐る恐るパドックに向かって歩く。

もしねえさんがいたら?

遠くから一目だけその姿を見られたら、声を掛けずに帰ってしまおうか。

いや、ねえさんが僕に気付いて声を掛けてくれるまで、黙って待っていようか。

それともやっぱり…勇気を出して、声を掛けてみようか。

すり鉢状になっているパドックに着くと、下には降りずに、周回する馬を見るよりもまず、ねえさんの後ろ姿を探した。

緊張して、胸がドキドキして、握りしめた掌に汗がにじむ。

……いない。

もうゴール前に行ったのかな?

それとも今日は、ここには来ていないのかも。

ホッとしたような、残念なような。

なんだか気が抜けた。

ホントは、ねえさんがいないなら、僕がここにいる意味なんてないってわかってる。

やっぱり帰ろう。

ああそうだ。

せっかく来たんだから、カツサンドくらいは買って帰ろうか。

あの美味しいカツサンドを買いに、わざわざここまで来たんだと思えばいいじゃないか。


よし、そうしよう。



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