可愛い弟の為に
「あ、ちょっと謝ってくる」

桃ちゃんは急に立ち上がって碧の奥さんの元へ行こうとする。
万が一、揉めたら嫌なので僕も付いて行く。

「先ほどは旦那様に手荒な真似を致しました。
深くお詫びを申し上げます」

桃ちゃんは深々と頭を下げる。

「…」

怯えてるよ、彼女。

「ただ、一言申し上げます。
不妊の事をああいう風に言われると不快です。
ましてや市会議員をされるのでしょ?
口は災いの元です。
その辺りのコントロールを是非とも、奥様がしてあげてください。
じゃないと、足元から崩れ落ちますよ。
とはいえ、奥様も身重。どうかお体はお大事にしてください」

年下の桃ちゃんにこんなことを言われるなんて思ってもみなかっただろうな。
すみません、と言うのが精いっぱいだった。

「…皆、見かけ倒しね」

僕の隣でボソッと呟く。
桃ちゃんが大胆すぎなんですよ。

「至さんの事を悪く言うのは絶対に許せない」

桃ちゃんは握り拳を震わせた。

「人の体の事、馬鹿にしすぎ。
なりたくてなった訳じゃないのに」

「桃ちゃん」

僕が言おうとした時。

「至の奥さんは気が強いな」

一番来てほしくなかった人が目の前にやって来た。

「強くないと医者の妻なんて勤められません」

桃ちゃんはあっさりと言い返した。

「面白い人だ」

武伯父さん…

「至には少し強すぎるんじゃないか」

何か嫌味を言わないと気が済まないのか。

「僕にはちょうどいいですよ」

桃ちゃんは少しだけ口元に笑みを浮かべた。

「子供が出来ないのは残念だな。お前の子供だと透と違って利発だろうに」

なぜそこで透が出てくるかな。
この高石家にとって透の存在は不必要なんだな。
邪険に扱い過ぎだ。
だから透は近寄らない。

「私達に出来なくても、透さんがいますし。
彼がこの先、子供を作ってくれたらそれで私は十分です。
利発であろうがなかろうが、子供が出来るというだけで幸せだと思うのですが」

武伯父さんは少し目を細めた。

「不妊治療とか色々しないのか」

「僕達には必要ありません。二人で生きていきます」

僕は桃ちゃんを見る。
桃ちゃんも頷いていた。

「しかし、透が結婚するかどうかなんてわからんぞ」



イチイチそんなことを言うなよ~。
もうウチの事は放っておいてくれ。



「オジサマ」

桃ちゃんが大きな瞳で真っ直ぐ武伯父さんを見つめた。

「赤坂 麗華。川相 豪。山東 和花」

桃ちゃんは名前をつらつら、と並べた。

「…」

「お判りですよね」

「それがどうした」

「自分のお立場を考えてくださいね」

「…お前は怖い女だ」

「何とでも。
ただ、至さんや透さんを傷つけることは私のプライドを傷つけられるのと一緒ですから。
何かあれば、私は常にネタを持ってますからね~」



十分な脅し文句だ。
後から聞いた話、大学の裏口入学がどうのこうのって。
怖い…。何で漏れているのか。
< 103 / 126 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop