可愛い弟の為に
3月下旬。

僕はK-Racingというバイク屋さんにいた。
透の友人たちはほとんど知らないけれど、どうしても頼りたいことがあった。
その可愛らしい女の子は真由、という名前の女の子。
透の友達で亡くなった拓海君の彼女だった子。

「透君のお兄さんですね!」

顔を見るなり、僕の事を言った。
どうやら昨年、透と行ったサーキットでの事を覚えていてくれたらしくて、話は早そうだ。

「忙しいのに申し訳ありません。
あの、淡路 ハルさんの住所ってわかります?」

「…はい。何かあったのですか?」

「透が地方の大学に進学することになりまして…。
最後に会って頂きたいと思うのです。
僕が動くのはおかしいかもしれませんが…あの二人はこんなところで終わってはいけないと思うのです」

その瞬間、真由ちゃんの顔がパアッと明るくなった。


僕はその住所へ手紙を書いた。
速達で送る。

頼む、一生のお願い。
どうかどうか…。





「兄さん、ありがとう」

それから数日が経ち、空港へ透を送ってきた。
透は自分が望んだ大学の医学部に見事合格した。
僕たちの元を離れてこれから最低6年、一人暮らしだ。

「うん、頑張れよ」

自分が歩んできた道を弟も歩む。
透は医師を目指さないと思っていた時期もあったので正直、嬉しい。
もし無事に医師になれたら一緒に仕事をしてみたいとも思う。
応援しない訳にはいかない。

「何かあればいつでも連絡しろよ」

透は頷く。

とはいえ、頼ってこないだろうけど。

「あ、それと夏にある僕の結婚式には必ず出てくれよ」

その瞬間、透の顔が曇る。

「兄さん…あのっ」

「いいから。僕の事は心配しなくてもいい」

身代わりになった、と思われたくない。

断ったところでまたそういう話を持ってこられるに決まっている。

「じゃあ」

透が珍しく、手を差し出す。僕も手を出し、固く握手する。
透の手は、緊張しているのか冷たかった。
踵を返して透はゲートに向かう。




僕の思いは通じなかったか。




透が周りの様子を窺うようにゆっくりと振り返る。
僕と目が合い、手を振るので僕も振り返す。

その瞬間、透の足元に何かがぶつかった。

「お兄ちゃん!」

小さい子の声が響いた。
透は恐る恐る下を向く。

「なっちゃん…!」

透の声が思わず声が上擦る。

透の視線の先にはハルちゃん。

「おめでとう、透」

そう、ハルちゃんの口が動くのが見えた。



僕の思いは通じたんだ!!



「どうして…?」

「透のお兄さんが教えてくれたの」

透はこちらを驚いた表情で見る。

「私も就職が決まったの。4月から頑張るわ」

「…良かった、おめでとう」

ハルちゃんは柔らかい笑みを浮かべる。

「お兄ちゃん!」

なっちゃんは必死に透に話しかける。

「カッコいいお医者さんになってね!」

「うん、頑張るよ」

透はそう言ってなっちゃんを高く抱き上げた。

なっちゃんは高い高いをしてもらってはしゃぐ。
その姿がなんとも…可愛い。

二人は何やら話をしている。
遠いのでその話は聞こえないけれど。
ハルちゃんの目から涙が溢れてなっちゃんの頭に落ちる。
なっちゃんは不安そうにお姉ちゃんを見上げている。

「ハル、本当にありがとう」

透の口がそう動いた。

そして二人の頭を撫でて反対側を向くとゲートに向かって歩き始めた。

「お兄ちゃん、また遊んでね」

なっちゃんの言葉に一瞬、振り返り、片手を上げた。
透は泣きそうになっているのを必死に堪えて、再び歩き始める。


見ている僕が泣きそうだよ。
なんでお前たち、別れるのかな。
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