独りよがり
本の中の物語でしょ
あなたは知っているだろうか、本当のピエロの正体を。
手にはナイフを、心には鋼を、そして瞳にはガラス。
なにがあっても己の気持ちを読まれてはいけない宿命。
愛する人ができても、手にしたナイフで傷つけることでしかそれを現すことができない。
愛する術を知らない痛ましい存在。
そしてまた、1人犠牲となる。
誰かを好くと、胸の辺りが痛む。
それが一体なんなのかわからぬまま、ピエロたちは胸が高鳴ると発作でも起こしたかのように動揺し、読まれてはいけないという焦りから、迷うことなく相手の胸を刺す。
彼らは今回も読まれずに済んだという安心感と共に、鋼で抑えられた胸の高鳴りも治まっていくのを感じる。
しかし決して幸福感を得られる訳ではなく、好いた女性がもう笑うこともなく目の前でぐったりしている姿を見て困惑するのだ。
なぜ彼女はもう起きないのか。
なぜこんなにも愛したのに。
なぜなぜなぜ……。
そしてそれが自分の手のしたことによって失ったものだと気づくと、悲しみ、虚無感、自己嫌悪、色んな感情が渦巻き、涙の流れないガラスの瞳から頬へ雫のメイクがどこからともなく描かれる。
彼女から滴り落ちる血だけが、彼女を自分だけのものにしたのだと慰めてくれるような気がする。
「ふぅん、なるほどね。」
私は自由登校になったのをいいことに授業を完全に無視して、こんな物語にのめり込んでいた。
「なにがなるほどなの、咲子。ねぇ、ねぇってば!」
隣の席の里絵が迫ってくる。
苦笑いを浮かべながらごめんと呟く。
「全く、よくそんなに本が読めるわよね。この前読んでたのも200ページはあったのに、もう次の本!?信じられないわ、私なら三行で飽きる。」と横目で私を見ている。
結局なにに納得したのかと聞かれたのでさっきまで読んでいたピエロの正体について手短に説明する。
里絵は目をギョッとさせながら顔の前で手をブンブンと振り、無理無理そんな奴怪しいし怖いし絶対不幸な人生で終わりじゃないのと拒絶している。
そうかなぁ…と私は考える。
先生に読書がしたいだけならわざわざ自由登校しなくて結構と注意されたが、私すぐもう一度よく考える。
「だって、よく考えたらこのピエロたちって可哀想じゃない?人を好きになる心は持ってるんでしょ?でもその方法を知らないだけってことでしょ?私なら、愛してあげたいと思うけどなぁ。」
頬杖をついた里絵が冷たい横目で
「ばっかじゃないの?殺されたら終わりなのよ?」
と言っている。
確かに里絵の言うこともわかる、と思いながらストーリーを読み進めると、ピエロたちは猛獣と同じ扱いで様々な罠によって人間に捕まえられ、牢屋で次々と自分が死ぬその時を待つのみというバッドエンドだった。
最後の最後まで愛を知らずに死んでいくなんて可哀想だと、私は短いため息をついた。
この本はあまり好きじゃなかった。
< 1 / 3 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop