パンプスとスニーカー
 …待つって言っておいて、俺、何ガッツいてんだよ。


 そう思うのに、伸ばした手を引っ込めることができなくて、驚いて固まってしまっているひまりの顔に、自分と同じ情熱がそこにあるんじゃないかと探して…。


 ゆっくり恋を育てたい。


 そう彼女に伝えた気持ちに嘘はなかったつもりだ。


 けれど…、触れる指先の温もりに、自分を見つめて嬉しそうに笑うひまりの屈託のない笑みに、最初は堅く緊張していた彼女の体が少しづつ彼に慣れて柔らかくもたれてくるのに、じんわりとした喜びとウキウキとした楽しさと…男としての当たり前の渇望と。


 もっと一緒にいたい。


 一緒にいれば、もっと近づきたい―――触れたい。


 …修行僧じゃねぇんだよな。


 それどころか女性との関係において、これまで武尊は我慢というものをしたことがなかったのだ。


 彼が誘えば、ニッコリと笑って似たような価値観で応じる女ばかりと付き合ってきた。

 ‘恋’とは名ばかりで、本当にお手軽でお粗末だったのだと、今になってわかる。


 泥臭いのはスタイルじゃないだなんて、粋なつもりで無駄な時間ばかりを過ごしてきた。


 武尊の動作ひとつひとつに、ビクついたり動揺したり、些細な事で赤くなって照れる彼女の様子を見ているだけで、何を聞かずともひまりが男慣れしていないのはわかる。


 もちろん、最初から察していたことだけれど。


 これまで彼が忌避してきた面倒臭い女だとわかっていて、手を伸ばしてしまったのだから…。


 唇をわずかに噛んでは舐めて、武尊の熱い視線を受け止めきれず、落ち着きなく視線を泳がせては百面相をしているひまりに、小さくため息をついて、気合ひとつで掴んでいた彼女の細い手首から手を離す。


 「…ごめん」




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