このままキミと朝まで愛し合いたい


スー…スーー…スーーーッ?
ゲホッ、ゲホゲホゲホッ


「おい?どうした?」


「だ、大丈夫、ゲホッ、な、なんでもない、ゲホッ。」


言えない、吐くのを忘れたなんて。


「大丈夫か?そこ、クーラーの風があたって、寒いんじゃないか?」


ああ、なるほど。
足元が寒いのはそのせいか。


「そ、そうね。じゃ、じゃあ、そろそろ、あったまりに、い、行こうかな。」


藤咲は、掛けていた布団の端を丁寧に持ち上げる。


「夏川様、どうぞ、こちらへ。」


藤咲の言い方のせいか、真っ白な布団と、真っ白なTシャツのせいか、


それはもう、初めての日を迎える「夜伽」の世界みたいで、



布団の奥にひろがる暗闇が、なんだか怪しく見えてしまう。



あ、あの場所に、こ、この私が入るのか…。


そう思うだけで、頬が引き攣り、指先が震えてくる。


藤咲のいるベッドまで、3メートルほど。

拳をぎゅっと握って目をつぶる。


「私は経験豊富ないい女」って言い聞かせ、足を踏み出した。




パッ…タン…

タァンタァンタァンタァン…


スリッパの音が、頭にこだまする。



ようやく踏み出した一歩は、まさに月面歩行。


私は、初めて月に降り立った人類で、一歩、また一歩と噛みしめるように歩いていく。



「お前、相当酔ってんな。」



「えっ?」



私の歩く姿を見た藤咲が、額に手を当て、クククッて笑った。



あーーーーー!それ、それだよー!

思い出したー!
からかわれてたときの、藤咲の笑い方!



くっそー!

頭では、モデルばりにまっすぐ歩いてるつもりなのに、


歩けば歩くほど、藤咲がどんどん遠ざかる。


「おいっ?こっちだぞ?どこ行くんだよ?クククッ。」



ふーじーさーきー!



身体の熱さは闘志に変わり、噛みしめながら月なんか歩いてる場合じゃない!



フンッ!

私は、超巨大ロボ化して、ドカンドカンと音を立てて歩いた。



「こら、足音うるせーよ?
って言っても、防音だろうから、周りにゃ聞こえねーか。」


「ぼ、防音?なんで?」


思わず聞き返して、ハッとした。

経験豊富ないい女は、こんなこと知ってて当たり前よね?


案の定、ちょっとばかり呆れ顏の藤咲。


「そりゃそうだろ?
なんでって、俺も知らねーけど…でかい声出しても大丈夫なようにじゃねーの?
ってか、夏川なんか、何度も来たことあるんだろ?」


いや、初めてですけど。

へえー、そうなんだ…ってゆうか、でかい声出すって。


藤咲の顔と、この場所と…そして、でかい声。



…。



ぎゃー、もう私ったら、思考がおかしくなってる。


違う違うそうじゃない、


そうだ、きっとカラオケするからだよ、だから防音、だからでかい声。




フーッ…もう、なんなん?

とにかく、なんとか逃げ切らなきゃ。



「…あ、ああ、いつもは、こういうとこじゃないから。あんまりね、知る必要もないし。」



「…ふーん…そうなんだ。…どこ?」


「どこって。」



…どこよ?



「シティホテルの高層階とか?」


「あ、うん、そんな感じ…かな。」



「…ふーん…。」



危ない危ない。

危うくボロが出るところだった。



それにしても、歩いたら酔いが回って、心臓がバクバクする。



どうにか辿り着いたのは、藤咲の足元。

頭とは真逆の場所。


息を吐き、ガクンと膝が折れる。


ベッドのふちに腰掛けて、ドキドキとムカムカが混ざった気持ちを飲み込んだ。



頭、クラクラする。



「おいっ!」


後ろから、唐突に聞こえた声に、背筋がパーン、指がピーン。



「な、なによ?」


振り向いた私のすぐ後ろに、膝をついた藤咲の身体。



「身体倒せよ。まだ、フラフラじゃねーか。」


近すぎる距離に、一気に緊張が増して、酔いと合わせて吐きそうになる。


手で口を押さえながら、SOSのつもりで藤咲を見た。


「大丈夫か」って、心配顔。


…こんな顔、私にもしてくれるんだ。


そういえば、
街でばったり会えて嬉しかったな。


まさか、一緒に飲めるなんて思ってもいなかったし。


ほとんど接点のない私を、覚えていてくれたことが嬉しかった。



それなのに…こんなんでいいの?

そう思ったら、キュウっと胸が苦しくなる。


吐き気と痛みと酔いと苦しさと。

何が何だかもうわかんない。




「具合悪いのか?」


私を覗き込む藤咲の瞳に、小さな私が写っている。


「あ…あのね…


「無理に話さなくていいから、身体倒せって言ってんだろ?」



藤咲は、後ろから腕を回して肩を掴み、自分と入れ替わるようにして私の身体をベッドに倒した。



…えっ?



次に瞬きをした時には、天井のライトが見えた。



「ふ、藤…


声を出せば、視界に藤咲。


「ん?どうした?」




ひゃっ…

こんな角度で。



「大丈夫か?」



私を見下ろす藤咲の瞳に、乱れた前髪がかっている。


初めて見る藤咲の顔が、あまりに男過ぎて、声も出ない。



「頭高くしたほうが、寝やすいよな?」



へ?


藤咲は、私の首の下にずいっと腕を滑り込ませて、隣に横になった。



えっ、ちょっ、え?

う…腕枕?


これは、腕枕でしょうか?


藤咲の肌の熱で、私の全身の血が沸騰して、もうこのまま死ぬんじゃなかろうか。


それほどに熱く、それほどに耐え難い。



私は、上を見たまま、一ミリたりとも動けずにいた。


ちょっと顔を横に向けるだけで、藤咲のワキに顔を突っ込んでしまいそうな配置。


腕枕って、落ち着かない。

眠れるわけがない。





「夏川って、肩 細いんだな。」


な?

なに?


「乗っけてても、全然軽いし…あの頃からだいぶ痩せたんじゃねーか?」


な?ななななな?なに?

わかんない、わかんないよ。


なんなのこの会話。


体重?

体重の話すればいいの?

仕事が忙しくて、体重計なんか久しく乗ってないもん、そんなのわかんないよ。


「もっとこっち、そこ痛いって。」


藤咲が、腕枕をしていないほうの手で、私の頭を自分のほうにグッと引き寄せた。


ひあっ!

私の髪に、藤咲の指が絡んでいる。



お、落ち着け、考えろ私。

経験豊富ないい女なら、なんて答える?


なんて言えば、藤咲がおおっ?ってなる?


「でも髪は、相変わらず真っ黒で。」


な、ななな?


「いい匂いだな。」


なななななな⁈

答えなんか見つかんない!


も、もうだめだ、このままじゃ生きていらんない。



私は、藤咲の腕をぐいっと押し上げて、頭をはずした。


「なんだよ?これはサービスだから、気にすんなよ。」



「い、いい、いいから!サービスなんかいらないから!ホントいいから!」


私は、ぶつけるように言葉を吐いた。


藤咲の顔から、表情が消えていくのが分かる。



「そっか…勝手なことしてごめんな。じゃ、俺こっちで寝てるから、なんか用があったら呼んで。おやすみ。」



そうして藤咲は、私に背を向けるようにして、ベッドの端で丸くなった。




部屋は


シーーーーーーーンと


静まる。

静まる。



え?もしかして、どうしよう、怒らせた?


わかんない。

どうしよう。



いい女は、こんなときどうするの?

全然わかんないよ。



「あ、あの…藤咲…?」


呼んでも返事をしない。


私は身体を起こして、藤咲まで30センチの距離まで近づいてみる。


それでも、手を伸ばして触れることはできなくて、そのまましばらく藤咲の横顔を眺めていた。


「…んん…。」


艶っぽい唇が少し開いたかと思ったら、いきなりこっちに寝返りをうちはじまる。


うわっ!


よける間もなく藤咲は、身体を起こした私の胸元へドッキング。

びっくりして、思わず大声になる。


「ちょ、ちょっと!藤咲ってば、起きて、起きてよ藤咲!」


すると、藤咲の目がパチっと開いた。



「あ、あの…。」


起こしたものの、なにを言って良いのかわからない。


藤咲は、そんな私を静かに見たのち、額に手を当て、クククッて笑った。



え?

なに?



なんで笑ってるの?




「夏川、これもサービス。ツンデレサービスだよ。
初回のお客様限定サービスだからな。
経験豊富な夏川には、普通じゃつまんねーだろって思ってさ?クククッ。」


えっ?

なに?


ツンデレってなに?



もしかして、またからかわれた?

今までの話は、全部うそってことなの?

一体どういうこと?


もうわかんない。

全然わかんないよ。

やっぱり酷いよ、藤咲…。







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