このままキミと朝まで愛し合いたい
ずっとずっと

2人を繋いでくれたのは



『ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ』


アラームが再び鳴って、私の身体から藤咲の手が離れた。

ようやく一つ息を吐く。


「いつも俺、めざまし一回じゃ起きねーから…。」


音が止むと、ごくんと飲み込む唾の音が聞こえるくらい、静かになった。


「夏川。」


「な、なに?」



声が前に飛ばなくて、口の中に居座っている感じ。


「さっきの…無しにして。」



…えっ?


さっきも今も突拍子のない言葉ばかりで、一層戸惑ってしまう。


「さっき言ったこと、全部忘れて。」



…忘れる?


何を?どれを?全部って?


もしかして、また…


「…私を…からかってんの?

それとも、誰かと間違えた?

どっちにしろ、本気にしてないから…安心して。」



一度壊れた鎧は、すぐには直らない。


裸の心で受け止めるには、まだ修行が足りないみたい。


涙を堪えれば、肩が震えた。


後ろにいる藤咲が、大きく息を吐いたと同時に叫ぶ。


「あー!ちくしょう!」



思わず振り向くと、藤咲は、頭を抱えて屈み込んでいた。


「だから、そうじゃねんだよ、そうじゃねーの!」



藤咲は、両手で髪をグシャグシャにしながら、そうじゃないって何度も呟いている。



「ど…どう、したの?」



藤咲は答えない。

ただただ、首を振り続けるだけ。



私は、藤咲の前に屈んで座り、グチャグチャになった髪のひと束を掴んで引っ張った。



「おーい、ふーじーさーきー?」


ビクッと身体を震わせて、藤咲がゆっくり顔を上げる。


ああ、こんなとき、どんな顔をしていいのかわからない。


だって、ショックを受けた私より、藤咲の方がもっと苦しい顔をしていたから。



「だ、だから、全部忘れたし、ね?」


無理に笑顔を作ってみる。

藤咲は、私から視線をはずして呟いた。



「ムカつくんだよ、夏川。」


藤咲は、アーッと声をあげながら、両手で顔をゴシゴシし始める。



ゴシゴシゴシゴシゴシゴシ…ゴシゴシ…ゴシ…ゴシ…ゴ…シ…


激しく動いていたかと思えば、今度は両手で顔を覆ったまま、ピタリと止まる。


「…俺、お前のばあちゃんと約束してたんだ。それなのに、俺…。」



…えっ?


ドキンと大きく心臓が揺れた。


「私の、おばあちゃん…?」


突然のおばあちゃん出現に、新たな動揺が加わって、軽くパニックになる。



「夏川がK大を受けたのは、ばあちゃんのためだったんだろ?」


「そ、そうだけど、なんで…。」


藤咲は、顔から両手を外して下を向く。


「お前が担任と話してんのを、偶然聞いちゃったんだよ。

そこで、病院の名前もわかって。

俺、行ったんだよ、病院に。」



「病院に?なんで…?」


「夏川が、一番好きだって言ってたから。

お前が一番好きな人って、どんな人だろうって思ったんだろうな、きっと、あの時の俺は。」



藤咲は、ふわっと微笑んだ。

私を見ているようで、見ていない、何処かずっと遠くを見ているような顔をしていた。





『あの…夏川さんのおばあちゃんですか?』


ベッドに座って本を読んでいた女性が、メガネをとってこっちを向く。



『俺…いや、僕は、夏川さんと同じクラスの藤咲といいます。えっと…とりあえずこれ。』


ばあちゃんは、俺が渡したちっちゃな花束を、大事そうに受け取ってくれた。



『あら、まあ。

かわいいお花をありがとう。


それにしても、千尋ちゃんのお友達に、こんなに素敵な男の子がいるなんて、おばあちゃん、全然聞いてないわ。』



難しい病気だって言っていたけど、意外と元気そうに見える。


目元が夏川に似てるなって思った。


『あ、あいつは多分、俺のことは友達だとは思ってないです。

俺、あいつの顔見ると、からかってばっかりなんで、むしろ嫌われてます。』


ばあちゃんは、オホホと笑った。

『あら、それなのに、どうしてここへ?』


『…夏川は、ばあちゃんのことを世界で一番好きだと言ってました。

ばあちゃんのためにK大行くって、薬を作って、病気を治すって。

だからずっと勉強ばっかして、友達とも遊ばないし、騒いだりとかもしないし、


ちょっとなんか壁みたいなもんがあって、誰も入り込めないっていうかなんというか…。



俺も、自分がどうしたいのかはよくわかんないんだけど、なんか気になって。

だから、夏川が一番好きだって人から、打開策っていうか…。」


ダメだ。説明が下手すぎる。

ばあちゃんは、ふうっと息を吐いた。


『そうだったの…。今が一番楽しい時なのに…私が病気になったせいで…千尋ちゃんに申し訳ないわ。』


小さいばあちゃんが、もっと小さくなる。

俺は、慌てて言葉を付けたした。


『あ、違うよ、ばあちゃんのせいじゃないよ。

夏川が自分で決めてやってんだから、いいんだよ、これで。

あいつは、ばあちゃんを治すって目標があるから、何があっても頑張ってんだもん。全然ばあちゃんのせいじゃないって。


そうじゃなくて、だから俺、夏川をなんとかしてやりたいんだけど、
なんか全然頼ってもらえねーし、喧嘩みたいになっちゃうし、結局邪魔しちゃうしで。
なんか、どうしたらいいかなって。』


ばあちゃんは、しばらく俺を見てから、またオホホって笑った。


『あなた、藤咲くんって言ったわね?

それなら、お願いがあるんだけどいいかしら。』


『いいよ、ばあちゃん、なんでも言って。』



『たくさん勉強してくれるのは素晴らしいことだけど、おばあちゃんはやっぱりね、千尋ちゃんには、友達と思い出を作ったり、素敵な恋をしたりしてもらいたいわ。


今が一番楽しい時期なのに、私のことでつまらない時間を過ごさせてしまうのは申し訳ないもの。


だから、藤咲くんには、そうね…千尋ちゃんが自分から「好き」って言えるような恋ができるように、見守ってもらいたいの。』



あの夏川が、自分から「好き」って言えるような恋?


そりゃ相当大変だぜ、ばあちゃん。







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