毒舌王子に誘惑されて
「うぅ。豚骨ラーメン続けて3杯はきつい・・・気持ち悪い」

お腹を押さえつつ、よろよろと歩く私に葉月君が呆れた顔を向ける。

「だから、無理して全部食べるなって言ったのに。 昨日もあんだけ食べたんだし、身体おかしくなりますよ」

「だって、取材にきて残すなんて感じ悪いかな〜って。葉月君だって、全部食べてたじゃない」

「俺はまだ若いですから」

「若くなくて、悪かったわね〜」


昨日が3軒、今日が3軒で無事に全店の取材が終わった。
最近の流行りなのか、こってり系が続き胃腸は悲鳴をあげてるけど、記事にできそうなエピソードもいくつか聞くことができたし、とにかく終わって良かった。


「あとは、会社戻って記事を仕上げるだけだね」

「ですね」

最後の取材先があった銀座の街を、私達は有楽町方面に向かって歩いていた。
暖かくてお出かけ日和なせいか、銀座の街はいつも以上に混雑している。

私は行き交う人々をぼんやりと眺めていた。


「ーー美織さんっ」

葉月君は鋭い声で呼ぶと、私の腰に手を回して自分の方へ引き寄せる。
はっと前を向くと、カメラとおしゃべりに夢中になった外国人観光客の集団がわらわらとお店から出てきたところだった。

そっか、庇ってくれたんだ。

「ごめん、ありがとう・・」

私がそう言うのと同時に、葉月君はぱっと身体を離した。

「ちゃんと前見てないと、危ないですよ」

葉月君の口調は優しいものだったけど、
触れ合っていた温もりがなくなった途端に、心は急速に冷えていく。

この圧倒的な喪失感の理由を私はもう知っていた。
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