契約彼氏はエリート御曹司!?【試し読み】
「あ、あの……失礼します」
「ああ、瀬那さん!」
総本部長は私を見るなり、ホッと安堵の表情を浮かべた。
「わざわざ来てもらって申し訳ない。あ、こっちに」
私に謝りながら、向かいの席へ座るように促してくれる。
「い、いえ……こちらこそ、遅れてすみませんでした」
席に着いて頭を下げると、総本部長は困ったように笑った。
「いや、俺も取引先との打ち合わせが長引いてね。今来たところなんだ」
そう言っている総本部長の前にあるコースターは、水が入ったグラスの水滴で薄緑色が黒っぽく変わっていた。
本当はずいぶん前から待っててくれたのかな……。
強引なんだか俺様なんだかわからないキャラで誘ってきたのに、『今来たところ』だなんて気を遣ってくれている。ますます総本部長の性格がつかめない。
「あの、総本部長……ゆっくり話したいことってなんでしょうか?」
早速本題を切り出すと、総本部長はクスリと笑ってメニューを開いた。
「そう焦らないで、何か注文しようよ。せっかく瀬那さんと食事ができるんだ。楽しみたい」
薄暗い中、目を細めて色っぽく微笑まれる。端正な顔に柔らかい陰影ができ、映画のワンシーンみたいで思いがけず胸の奥が高鳴った。
「た、楽しみたいって……」
私は話が気になってそんな気分でもないんだけど……。
でも、滅多に来られない高級なレストランだし、話が長くなるかもしれない。
「で、では、せっかくなので」
私が頷くと、総本部長は嬉しそうに頬を緩めた。
「ああ。じゃあ、何か食べたい物とか、気になる物はある?」
「え、えっと……」
自分に向けて開かれたメニューを見る。だけど、普段食べないスペイン料理だから、料理名だけではイマイチどんな料理なのかピンとこない。
仕事でバタバタしてたから、おすすめ料理とか調べるてくるの忘れちゃった……。
困っていると、総本部長がメニューのひとつを指差した。
「俺のオススメはこれ。黒ムツは旬だし、サフランとレモンのソースがすごく美味しい。店の一番人気はこっちで……」
メニューがよくわからない私に、ひとつひとつ細かく説明してくれる。
こういうの久々だなぁ……。
元カレの武村さんと付き合っていたときは、料理の内容や行き方はいつも私が調べていたし、それが当たり前だと思っていた。
設備課での飲み会でも幹事をやることが多く、後輩より早くメニューを聞いて回り、店員を呼ぶので、いつの間にかみんな私に注文を言うようになっていた。
だから、些細なことでも相手がリードしてくれるということに、感動してしまう。
総本部長がオススメの物をいくつか注文し、ドリンクはワインにした。