契約彼氏はエリート御曹司!?【試し読み】
うーん……こうしてると、完璧な人にしか思えないな。昼休みに見た総本部長はなんだったんだろう。
『ダメにしてほしいから仮の恋人になって』と言われるより、やっぱり『社内の人間に手を出すな』と言われるほうがしっくりくる。
私が総本部長を探るように見ているとと、ワインが運ばれてきた。なんとなく小さな礼を交わし合って、グラスをカチンと合わせた。
「あの、そろそろ本題に入っていただけませんか?」
ワインをひと口飲み、急かすように言うと、総本部長は苦笑した。
「……もうちょっと、この時間を楽しませてはくれないんだ?」
「だって、気になります。急に『ダメにしてほしい』とか、『仮の恋人として付き合ってほしい』とか……」
総本部長は、私との食事を楽しみたいのかな?
私が怪訝に思って眉を寄せると、総本部長はひとつ頷いた。
「そうか……まぁ、仮でも付き合ってもらえればこれからは……」
「これからは?」
何が言いたいんだろう?
首を傾げると、総本部長は慌てたように笑った。
「いや、本題に入ろう」
そう言うと、ワイングラスを置き、口元を引きしめた。そして、まっすぐに私の目を見つめてくる。
「社長が来年の三月末に退任して、会長になることは知ってるかな?」
「……はい。来年度いっぱいで退任されるんですよね。年末の朝礼で言われていましたし、ニュースなどで取り上げられているのも拝見しました」
大企業というだけあって社長の退任は会見で発表し、テレビや新聞、ネットなどで大々的に扱われた。数ヵ月前に会見を行う企業はあるが、一年以上前から退任を発表するのは異例らしく、多くのメディアから注目を浴びたようだ。
あまりにも早いので社長の体調が悪いのでは……という説も出たが、本人は会長になる気満々らしく、早期の発表には別の理由がありそうだと広瀬くんから聞いた。
広瀬くん……秘書課に知り合いがいるって言ってたっけ。まさか、そんなところの女子社員にまで……? いやいや、今は広瀬くんじゃない。
思考が思わぬところにトリップしていると、注文していた料理がいくつか運ばれてきた。
「話は食べながらでかまわないから」
総本部長がカトラリーを手渡してくれながら、優しい声色で言う。
「あっ、はい……ありがとうございます」
小さくお礼を言って受け取ると、お言葉に甘えて料理を食べることにする。
総本部長オススメのメニューを口に運ぶと、黒ムツの身が軟らかくほぐれ、爽やかなソースが舌の上に広がった。
……美味しい。
「それで……その退任が、どうかされたんですか?」
私がたずねると、総本部長は眉をひそめて少し暗い顔つきになった。