ゆえん


瞳さんの名を呼びながら、俺は一生懸命水を掛けている人の前に立ち、冷たい水を被った。

静止する人たちの声と、アパートの壁を焼く音が特殊なノイズのように入ってくる。

俺は真っ直ぐ、燃え盛るアパートの中に入ろうとした。


「何、考えてんだ。消防車が来るまで馬鹿なことはするな!」


俺の腕を掴む男の手を振り払って俺は中に入ろうとした。

その時、大きな音と共にアパートの壁の一部が焼け落ちた。


「瞳さん、聞こえますか? 早く!」


俺は必死に叫んだ。

更に数人の大人に肩を抑えられ、俺は動けないままにもがく。


「瞳さん! 出てこなきゃダメだ」


消防車のサイレンが近くなったが、炎が高くなってアパートの屋根が見えなくなった。

全てが夢の中の出来事のようにスローモーションに映る。


「ママッ!」


いつもは瞳さんと呼ぶ楓の擦り切れるような叫びが俺の耳に聞こえた。

身を切られるような痛さが体中に走った。

俺には助けられないのか。

俺には守れないのか。

消防車が放水を始めたと共に、アパートは崩れ落ちた。




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