サマースキャンダル×× 〜Episode,00〜【短】
式が始まり、有紀とバージンロードを歩くという大役を果たした父親は、額に汗を滲ませながら俺たちのもとに来た。

普段は飄々としているけれど、愛娘の大事な門出ではさすがに緊張したらしい。もしかしたら式が始まる前も平静を装っていたのかもしれないと思うと、思わず小さく吹き出してしまった。


両親や親戚と過ごすテーブルでは変に気を遣う必要はなかったけれど、新婦の家族として招待客に挨拶回りをしなければいけなかったりと、気が休まる暇はなかった。


そのうち余興が始まり、歌やモノマネといったスタンダードなものがいくつか披露されたあと、司会者が有紀の友人のスピーチがあることを告げた。


「……っ!」


直後にマイクの前に現れた女性を見て、目を大きく見開いた。
心臓が掴まれたように苦しくなるこの感覚を、俺は前にも味わったことがある。


遥さん、だ……。


笑顔でスピーチを始めたのは、たった一度だけ会ったひと。
挨拶すら交わせず逃げるように立ち去った俺のことを、優しく庇ってくれたひと。


ミディアムだった黒髪は上品なブラウンに染められ、綺麗なアップスタイルにされた髪には控えめなコサージュがついている。
ネイビーの膝丈ドレスにベージュのストールを羽織る遥さんは、メイクも華美ではなくて、初めて会った時の清楚なイメージを彷彿とさせた。


両親や親戚に怪しまれないように平静を装いながらも、柔らかく微笑む彼女から一秒だって目が離せない。


そして、あの日と変わらない優しい声音でスピーチをしていた遥さんが、不意に感極まるように言葉に詰まって涙を見せた時──。

心臓がひどく大きな音を立てて、そのあとすぐに自分自身が静かに息を呑んだことに気づいた。

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