サマースキャンダル×× 〜Episode,00〜【短】
「瀬波遥さん」


声が上擦りそうになったことは、気づかれなかっただろうか。
振り返った表情からはそれは読み取れなかったけれど、綺麗な二重の瞳に捕らえられた瞬間、そんなことはどうでもよくなってしまった。


「えっと……柊くん、だよね?」

「あ、はい」


自分自身の名前が控えめに紡がれたことに胸の奥が締め付けられて、また息を呑んでしまう。

名前を呼んで貰えたことも、名前を覚えてくれていたことも、本当に嬉しかった。
ただ、ばかみたいに緊張していることだけは知られたくなくて、どうにか笑みを浮かべて誤魔化した。


「今日はありがとうございました。スピーチ、すごくよかったです」

「柊くんにそう言って貰えてよかった。あ、そうだ。この度は本当におめでとうございます」

「ありがとうございます」


お礼を言い終わるまでの僅かな時間に会話を探したけれど、続く言葉を見つけられなくて……。


「遥ー!みんな行くって」


そんな俺を嘲笑うかのように、すぐ傍にいた誰かの声が遥さんを呼んだ。


「あ、待って!えっと……じゃあ、また」


友人に返事をした彼女は、一瞬躊躇うようにしながらも柔らかい笑みを残して背中を向けた。


「あっ……」


情けなく漏れた声は小走りで友人たちを追いかける遥さんには届かず、伸ばしかけた手はただ空を切る。


「柊くーん!」


そのまま式が始まる前と同じ女性たちに捕まった俺は、あっという間に足止めを食らってしまった。


数時間前にチヤホヤされた時には悪い気はしなかったのに、遥さんのことで頭がいっぱいの今は苛立ちが募る。
それでも得意の愛想笑いを貼り付けたまま対応し、なんとかその場から抜け出した──。

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