サマースキャンダル×× 〜Episode,00〜【短】
***


『やっほー!元気?』


有紀が結婚式を挙げてから一ヶ月が経った頃、残業続きでぐったりしている俺の耳もとで上機嫌な声音が響いた。
数秒前に掛かってきた電話は有紀からで、またなにか頼まれるのではないかと身構えてしまう。


「まぁ、普通だけど……」

『なによ、そっけないわねー』


不服そうな有紀に、思わずため息が漏れた。

結婚式の前後に休暇を取って帰省していた俺は、大阪に戻ってきた日からずっと仕事に追われている。
有紀が悪いわけじゃないし、間違っても結婚式のせいだなんて思ったりはしないけれど、この疲労を抱えながらテンションの高い姉と話す気力はない。


「結婚式と新婚旅行の余韻に浸れる有紀とは違って、俺は残業三昧なんだよ」

『可愛くなーい。わざわざあんたのために電話してあげてるのに』

「そんなこと言って、どうせまたなにか頼み事でもあるんだろ?」


関東と関西という距離に住んでいてもことあるごとに頼み事をしてくる有紀だから、またなにか魂胆でもあるのだろうと勘繰ったけれど……。


『違うわよ。あんたの欲しい物を訊こうと思ったの』


俺の予想は珍しく外れ、有紀が『もうすぐ誕生日でしょ』と明るく付け足した。


「あー、そっか」


忙しさで、自分の誕生日なんて忘れていた。

どうせ仕事だし、今は恋人もいない。
そもそも、こっちで恋人を作る気はない。


だって、俺は……。


『今年はなにが欲しい?常識の範囲内だったら、なんでもいいわよ。優しいお姉さまに感謝しなさいよー!』


いつもの調子で話す有紀の声を聞きながら脳裏に浮かんだものは、たったひとつ。
今の俺が有紀に頼みたいことは、“それ”以外にないから……。

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