その瞳をこっちに向けて


 呆然としたままの私に中畑先輩が声を掛ける。


「ほら、行くぞ」


それと同時にグイッと引っ張られた腕に諦めのため息を吐くと、渋々身を任せた。



 図書室に入ると、渋々来たくせに久しぶりの光景に思わず頬が緩む。


ズラッと並んだ本棚。


窓から見える外の景色。


そして、いつもの席で今日も本を読んでいる仁先輩。


 好きが消えたら見なくなると思っていたのだが、どうやらそうじゃないらしい。ただ、仁先輩を見て胸がキューっと締め付けられる感覚はなくなっており、いつも見ていた光景がその場にあって落ち着くというものに変わった気がする。


 入り口に立ち止まったままの私の腕からスッと中畑先輩の手が離されると、同時に中畑先輩は仁先輩へと向かって足早に歩を進めていく。


仁先輩の隣に中畑先輩が辿り着いても、仁先輩はやっぱり本に夢中になっていて。そんな仁先輩の肩を中畑先輩が軽くトンッと叩いた。


それに気付いて中畑先輩の方へと顔を向ける仁先輩。


 二人のこの行動も幾度となく見た光景だ。だが今日は、その後に私の見た事のない光景が続いた。


「仁、今日から先に帰ってていいから」

「ん。了解」


中畑先輩の言葉に首を縦に振る仁先輩。

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