その瞳をこっちに向けて
でもそんな選択肢は結局意味がなくて、どうしたって私はたった一瞬でも仁先輩を見れる方を選んでしまうんだ。
仕方ない…か。
カモフラージュに手に取った本だけど、仁先輩が席を立つまでの時間、本気で本でも読むか。
そう決断すると、手に持っている本のページを一番最初に戻し、そこに書かれている文字へと視線を落とした。
その後、半分程読んだ所で一度本を机に置き両手を上に上げて伸びをする。
思いの外、面白い内容にのめり込んでしまったらしく、窓の外は真っ暗だ。
そう。真っ暗。
…………あれ?仁先輩は?
窓を見ると自ずと見える筈の仁先輩の姿が見えない。
中畑先輩の身体が仁先輩を隠しているわけじゃない。だって、中畑先輩の姿だって見えないのだから。
「もしかして、……もう帰っちゃってる?」
そうポツリと言葉を漏らし、恐る恐る図書室にある掛け時計へと目をやると、短針と長針が5を指している。
完全下校時刻は6時。
まだそこには至っていないが、私は仁先輩が5時には図書室を必ず出て帰るのを知っている。