その瞳をこっちに向けて


「えっ?」


振り返って怪訝そうな顔をされるがその事は気にせずに、彼女がまた走り出そうとしないように更に腕を掴んだ手にギュッと力を込める。


「まっ、待って下さい!浴衣って事は夏祭りですよね。仁先輩と待ち合わせなんですよね?」

「えと、…はい」

「川に入ったりしちゃダメですよ。折角の綺麗な浴衣が濡れちゃいますもん。仁先輩に綺麗な姿を見せなくちゃですよ!」

「でも……」

「大丈夫ですよ!私が探してきます!」

「そんなのダメですよ!」

「大丈夫ですって。私、もともと夏祭りに行くつもりじゃなかったですし、浴衣も着てませんから」


それだけ言うと、彼女の腕から手を離しひらひらと手を振って橋の下へと駆け出した。


「待って!」


美音さんの私を止める声が響くが、直ぐに雨音にかき消されていく。


 結果、私は橋の下の川辺に。美音さんは橋の上に。



これで良かったんだ。

だって、仁先輩に美音さんの綺麗な浴衣姿を見せてあげたい。

きっと見たら、……凄く優しく笑うんだ。

だから美音さんは濡れちゃダメなんだ。

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