さよならは言わない
この時期には珍しいようだが、まだ春先まではインフルエンザは猛威を振るう。きっと、学校に通う子どもを持った社員が家庭でうつされてしまったのだろう。
そうなると、パースを手書きで誰かが描くにしても時間が掛かり過ぎるからと森田さんは頭を抱え込んでいた。
「あの、複雑なものは描けませんが私でよければCGパースを作りましょうか?」
お遊び程度でやったことがあるだけだから自信はないけれど、簡単なものなら出来るかも知れないし、サンプルデータがあればそれなりに仕上げることも可能だ。
「サンプルデータをお借りできれば今回必要なパースは作れるかと。正式に契約した時には社員に作り直して貰えばいいと思いますが」
「本当か? それじゃ、このパソコンにソフトが入っている。サンプルデータは俺が交渉して来よう」
少しは私も役に立てる様で仕事への意欲も増して来た。
私の意識が仕事へ集中している間は気持ちも落ち着いている。どこに心疾患があるのだろうかと思わせるほどに私は仕事に没頭していた。
「絵里、休憩にコーヒー飲みに行かない?」
友美が休憩に誘ってくれるのは有難いけれど、つい、周囲の社員や他の部署の派遣社員の事を考えてしまう。
自分だけが特例扱いされると自分の首を締めるようなものだからと友美の誘いを断った。
すると、森田さんが自販機コーナーから「美味しいコーヒーだよ」と、ミルクたっぷりの温かいコーヒーを差し入れしてくれた。