さよならは言わない
「帰ったと思ったわ」
「恋人同士なら泊って当然じゃないのか?」
「でも、本当の恋人に悪いわ。尊を取り合って彼女と修羅場にはしたくないわ」
尊には泊る恋人がいるのだから、私とこんな時間を持ったと分かればきっと私は彼女に恨まれてしまう。
それに、大事な彼女を悲しませて尊は心が痛まないの? 彼女を愛しているのでしょう?
「修羅場にはならないさ。それより、いつまでストリップしてたらいいのかな? それとも、もっと俺の裸見ていたい?」
「……ご……ごめんなさい!! バスタオル出すわね!!」
小さなタオルで体を拭いていた尊に私の可愛いクマのイラストの付いたバスタオルを手渡した。
逞しくて凛々しい大人な尊には不似合いの可愛い女の子が使うようなバスタオル。きっと、尊は笑ってしまうよね? まだ、こんな女の子の様なものを使っているなんて。
「朝食はパンでも食べるかい?」
いきなり耳元で囁かれると驚いて体が熱くなってしまう。まるで昔に戻ったようで尊の笑顔が嬉しい。
優しい眼差しで見つめてくれる尊に私の心臓はドキドキしている。まるで恋をしているかのように。
悲しい想いをしたのに、また、尊に同じ想いをして傷つくの?
期間限定の恋人ごっこなのだから、昔を懐かしんで尊との楽しい時間を過ごしたらそれで終わりなのだから。
絶対に、尊に恋をしてはいけない。
絶対に、好きになってはいけない。
分かっている。頭では十分に判っているのに、心はどうにもできないと思い知った。
私は尊を忘れてはいなかった。
忘れようと努力し恨むことで尊と決別出来たと思っていたが、それは間違いだった。
私は、ちっとも、忘れてはいなかった。
尊をずっと好きだった。捨てられて傷つけられたのに。死にたい思いまでさせられたのに。
それでも、尊を愛している。