さよならは言わない
折角尊が用意してくれた料理だったけれど、殆んど手付かずで私はいつの間にか眠っていた。
抱き寄せられる尊の胸の心地よさに眠ってしまったのだ。
尊は眠る私に布団を敷くと一緒に眠ってくれた。
あの逞しくて温かい胸が好きだったと夢心地にも思い出していた。
だけど、その懐かしい温もりは私に幸せだけを与えてくれたのではなかった。
生きる希望を無くしてしまうほどの辛さも尊は私に与えた。その悲しみを思い出したくもなかったのに、触れる懐かしさに胸を締め付けられるほどに悲しい夢を見せてくれた。
「たける、やだ、行かないで。…………やあっ」
久しぶりに見た悲しい夢だった。そして、あまりの悲しさに涙が止まらずに溢れ流れていた。
悪夢にうなされ続ける私を優しく抱きしめてくれていた尊の温かさにいつの間にか悪夢も消えていた。
翌朝、目を覚ました私は服を着たまま眠っていたことに気付いた。
自分で昨夜は何をしていたのかハッキリと思い出せずにいたが、茶の間のテーブルの上にある料理を見て尊がここへ来たことを思い出した。
けれど、尊の姿はなく一人布団に寝ていたのを見て、きっと、尊は昨夜私を寝かしつけると帰って行ったのだと思った。
布団から出ると洗面所へ行き顔を洗おうとすると、そこには裸の尊が居て思わず驚いて顔を覆ってしまった。
「今更恥ずかしがる必要はないだろう?」
「だけど……」
「良く知った体だろ?」
そんな事を言われてもそれは随分昔の話で、最近は男性の裸など拝めることなど殆どないのだから。