さよならは言わない
その後は誰も文句言わずに噂も流すことなく静かな職場へと戻った。
本来なら活気のあるフロアだけれど森田さんの罵声と時折様子を見に来る尊の姿に墓場のように静まり返っていた。
息の詰まるような雰囲気に耐えながらも私は就業時間いっぱいまで仕事に頑張っていた。
女子社員の言葉などに耳を貸さなければ周りの目などを気にすることもない。
だから、自分のパソコン画面だけに集中していた。
しかし、夕方勤務時間が終了するとさっそく尊が営業3課へとやって来ると、再び営業課は異様な雰囲気となっていく。
「あなたね仕事は大丈夫なの?」
「準備は出来たのか? 帰るぞ」
まるで一緒に退社するのが当たり前の様に振る舞う尊に少し期待してしまいたくなる。
私は尊の特別なの?と。
だから、ここまで迎えにやってくるのだと。
営業部全体の視線を一斉に集めても尊は平気なのかいつも二人で居る時の表情と同じ顔をしている。
その態度に嬉しくなるけれど周りの女子社員の目が怖くて手放しには喜べない。
「専務、最近私とは会ってくれないのね?」
急に接近した私の存在が気に入らないのか、元恋人の江島さんが尊の傍へとやって来た。
いかにも自分が尊の恋人かのように。
「今日も一緒に食事に行きましょう。それにあなたの好きなホテルで泊まりたいわ」
他の社員が会話を聞いていると言うのに、平気でこの元恋人は深い関係にあるような話をしだす。
「営業課の女性社員はそうやって男を誘惑するのが流行なのか?」
江島さんは尊にまったく相手されずに恥をかかされてしまうと全身真っ赤にしてその場から走り去った。