さよならは言わない

尊は江島さんを追い払うと私に手を差し出した。

その手を直ぐに握り締めたくなったけれど、簡単にその手は取れないと自分の心の中で何かがそう叫ぶ。

戸惑っている私の腕を掴むと力強く引き寄せられ尊に抱き寄せられた。

荷物を取り上げられると尊は足早にエレベーターへと向かう。


「待って、そんなに急がないで。足が……」


足がもたついて尊のペースで歩けない私を尊はいきなり抱きかかえてしまった。

会社の廊下だと言うのに、周りには私達を見ている社員が沢山いるのに、尊は顔色一つ変えることなくお姫様抱っこをしていた。


「恥ずかしいから下ろして。皆が見ているわ」

「構うものか。体調の良くない君を抱きかかえてなんの問題がある? それより落ちない様に俺にしがみ付いていろ」


低くて男らしい声に心臓のドキドキ音が激しくなる。

きっと尊にも聞こえているよね?と思える程にその音は大きくなる。

だけど、さっきから心臓の音が重なって聞こえる。

私の心臓の音じゃない。


それは、尊の音だ。

尊も私に触れて少しはドキドキしてくれているの?
私に心をときめいてくれているの?

尊の首筋から少しいい香りがしていた。

ほんのり匂うコロンの香りだ。それに混ざって汗の匂いもした。

きっと私を抱きかかえて尊も私と同じ気持ちでいてくれるから?
それくらい自惚れてもいいよね? 今だけ、今だけ尊の本物の恋人でいさせて。

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