絶対、また彼を好きにはならない。
「あっごめん今のはそういうことじゃなくて、だから…」
慌ててこちらを振り向く君。
目はきっと、夕焼け色をしている。
席を立って君の腕を引いた。
バランスをくずした君が俺にもたれかかる。
ぽすっと腕に収まった。

その小さなからだを、そっと、抱きしめる。
力を入れたら折れそうなくらい細い肩。

そっと、
そっと、抱きしめた。

「…泣いてるの?」
返答はない。

ただ、俺の体を抱き返す腕が、裾を握りしめた拳が、強くなった。
さらさらした髪を、すこし撫でた。

「また…」

かすかな沈黙。
でも今は心地よい。

「会おうね」

こくん
ほんとにそんな効果音で君はうなずいた。

「俺が…すぐ迎えにいく。」
君は、少しだけ笑ってくれた。
そしてまっすぐ俺の顔を見た。

「待ってる」

その瞳の奥、少しだけ、からだを離す。
春の風が、君との間をすりぬける。
なんだか君は少し、おとなっぽく思えた。

「好き、」
…こんな言葉は久しぶりだった。
きっと春の桜のせいだ。それから、
君の美しい泣き顔のせいだ。

「いつもはそんなこと言わないくせに」

君はまた少しだけ笑った。
なんだかもう、それだけでいいと思えた。
春は、俺達のキズを癒す。
想いは募る。
また、そのはにかんだ笑みをみられると信じる。



桜が、舞っていた。
まだ早いな、と思った。
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