絶対、また彼を好きにはならない。
あの日に止まった時間
「え?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「だからー、俺ら付き合ってもう一ヶ月じゃん?なのに1回もデートしてないじゃん。だから今度の土曜…」
「ちょ」
わたしは手をばたばたさせて顔をぶんぶん横に振る。
「……私、中島さんと付き合ってたつもりないんですけど」
もう、正直疲れ果てていた。
赤いギンガムチェックのナプキンを広げ、お弁当を取り出す。
デスクワークに追われる私にとって、ランチタイムは至福の時間である。
目の前で先輩たちが自分よりもきゃぴきゃぴしておしゃべりを楽しんでいるなか、わたしは自信作である明太しらすの卵焼きに舌鼓を打っていた。
あの日からもう5年がたっている。
高校卒業後、私は都内にあり有名な私大であるK大に入学、今は一人暮らしでごく普通のOLをしている。
「それで、それで、昨晩は中島くんとはどうなったのよ?」
一瞬自分に話が振られていることに気づかないで、かたまってしまった。
「…え? あ、あぁ、どうって、どうにも……」
「どうにもって! 後輩だったら中島くんが1番かっこいいのに、あなたが彼とっちゃったから私達は落ち込んで…」
「え…… とった記憶なんか全くないんですけど…」
「うそ!あなたたち付き合ってるんじゃなかったの?!」
昨日と全く同じ質問である。
それに対し奥の茶髪の後輩が声をあげた。
「え、北原先輩って総務の石橋さんと付き合ってるんじゃないんですか?」…
ガタンっ
勢いよく立ち上がった。
「私…あの…好きな人いるので!」
相当真面目な顔で言っていたらしい。
周りは一瞬かたまり、その後大爆笑。
さやちゃん ちゅうがくせーい、と口々に声があがる。
えへへ、そうですよね、と
なるべくその場が明るくなるようふるまう。
そうでないと、私はここではやっていけない。
嫌われないように、周りに溶け込めるように。
そうやってここまでやってきた。
私はあの日から1度も、誰とも付き合っていない。
周りが勝手に勘違いするだけで。
私はあの日から1度も、彼を思い出さなかったことは無い。
周りにどんなにばかにされても。