絶対、また彼を好きにはならない。
暖かい腕の中に包まれて、うとうとしてしまいそうだ。

私が目を閉じたことに気づいた拓未は、いつものように私のほっぺたをぷにぷにさわる。
それすらなんだか心地よくて安心して、私は抵抗することもなかった。

「咲耶寝たらだめ、俺寂しい」
さすがに焦った様子の彼は、私の体を揺らして起こそうとする。

「…分かってる、別に寝ないよ」
「ちょ、それ1番眠たい時の声」
そう言って私は彼の胸の中で寝返りを打つように、体勢を横にした。
彼の厚い胸板に手を当て、人の温度を感じた。

高校を卒業して、1人で東京の大学に進学して、親とか、もちろん拓未とか、心から安心できる場所を全て捨ててきた私にとって、独り暮らしはもちろん心細くて。

会社と、由香里と。それだけ指をおったら数えきってしまうような生活で、孤独で、孤独で。

たった1人で戦った5年を経て、私は帰れる場所を見つけた。

ここ東京で、私は人と生きているのだと。

「…拓未」
「うん?」

「もう、私の前からいなくならないで」

自分が自分で聞き取れないほど、か細い声が鳴った。

気づいたら、目の端っこにたまる水滴。
自分はめんどくさい女なんだな、としみじみ感じる。

彼は私の頭をぽんぽんと撫で、そのまま引き寄せると、私の涙を唇で掬った。

「当たり前」

そんなひとことが頭上に降ってきて、優しさに包まれる。
なんだかすごく安心して、また涙が溢れ出す。

「あ~もうバカ、泣かないの」
そう言って強くぎゅっとしてくれる。
この人が世界で一番、私のことをわかってくれてる。
それだけで、世界は違って見える。

***

2人ともうだうだしていたらお昼を回ってしまったので今日はお家デートの日だったということにして、DVDを見て、会えなかった時の話をして。

やっぱり私も拓未も心のどこかで、空白を埋めなきゃという意識があるのか、少しでも近くにいたくて。

2人でスーパーに買い物に出て、家に帰ってきてオムライスを作った。

それは学生だった五年前は出来なかったことで、でもなんとなく、懐かしかった。

2人ともご飯を食べ終え、私がお皿を洗っていると、拓未がリビングから、キッチンにいる私に声をかけてきた。

「ねえ、咲耶」

カシャカシャうるさいので1度洗っている手を止め、タオルで水滴を拭き取る。

「なに?」

私がリビングに戻るより先に、拓未が口を開く。

「明日デートしたい」

彼がまた仔犬のような目で、改めてそういうので、なんだか照れくさくて目をそらしてしまう。立っているのもなんだと思い、とりあえず拓未が座る床の横の方のソファに腰掛けた。

「いいけど… どこ行くの?」

「んー、ずっと考えてたんだけど、千賀ホテルのクリスマスフェア迫ってるし、はやくクリスマスの買い出し行きたいな~思って」

確かにクリスマスフェアはあと1週間に迫っているし、それが始まってしまえばお互い忙しく、ゆっくり出来る時間も少なくなってしまうだろう。

「いいけど…早すぎない?私たちにとってはあと1週間でも、街の人にとってはあと20日じゃん」
「咲耶…もう街はクリスマス1色だよ?」

拓未が真剣に言うのが可愛くて、すこしだけ笑みが零れてしまう。

「わかったわかった、行こうか」
「何笑って、バカにして…」
「うそうそ、ほんとはもっと遊園地とか映画とか、ベタなの言ってくるのかと思った」
「なんでよ、俺だってもう大人だからね?」

何気ないやりとりがまた懐かしくて嬉しくて、ソファから床に下りて、拓未の肩に寄りかかる。

明日何着ていこうかな…なんて考えてる私はやっぱり単純だ。

寄りかかりながら拓未の方を見ると、もちろんその男らしい顔立ちは変わらなくとも、再会した時とは全く違う雰囲気で、どこか寂しい、優しげな瞳をしている。

そこで私は、一つの出来事を思い出す。

拓未が私に乱暴なキスをして、私が突き放した直後。

「ぁ……や…か」

私じゃない誰かを呼ぶ貴方の姿が、まだ脳裏にこびりついていた。


< 46 / 51 >

この作品をシェア

pagetop