ご褒美は唇にちょうだい
「今はいいよ」


「私が淹れるついでだから」


「いや、本当にいらない」


「ふぅん」


信川は、俺の横の空いたデスクに手をついた。社員数三十人の会社で、今は多くの人間が出払っている。

というか、自分のコーヒー淹れるんじゃなかったのか?という突っ込みはしないでおく。
信川の意図が別なところにあるのがわかるから。


「ね、週末付き合えない?」


「付き合えない」


信川の問いにあっさり答える。
えーっと信川が声をあげた。

やめてくれ、オフィスは無人というわけじゃないんだ。


「澤田くんの舞台のチケット。仕事の一環ということで一緒に行きましょうよ」


澤田くんは売り出し中の若手俳優だ。人気演出家の舞台に抜擢されたばかり。


「俺は澤田くんのマネージャーじゃないし、信川はもっと関係ないだろう」


キーボードをたたく手を止めずに言う。
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