抜き差しならない社長の事情 【完】
第一章 奇遇にもほどがある

「寒っ」

ブルッと身を震わせた紫月は、

昼間だというのに薄暗い廊下を足早に進んで、
一番奥にある給湯室へ向かった。


廊下よりも更に冷え切っている給湯室は、
ほんの少しの時間でも床から這いあがってくる冷気で凍りつきそうだ。



紫月はハァ―と指先を息で温めながら、

急いでインスタント珈琲をいれて事務室に戻った。





夢野紫月(ゆめの しずく)

独身OL御年30歳。





この古びて朽ち果てそうなビルのように、
今にも崩れ落ちそうな『有限会社ハッピー印刷』に勤めて4年になる。





「お疲れさまでした、課長」 

「サンキュー」



紫月から珈琲を受け取ったのは相原(あいはら)課長。


白髪がちらほら見え始めた御年40歳。

バツイチではあるが彼もまた独身だ。


以前は所狭しと賑やかだった事務室も、今は紫月と相原の二人きりしかいない。

無駄に広い空間のそこだけを蛍光灯が照らしている……。

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